受験を超えて

鎌倉の進学塾 塾長が考える、受験と国語とその先のこと- Junya Nakamoto -


“大改革断行”の山手学院に革命の基盤はあるか

2019.09.28


「変わらない山手」。いつしか皮肉と愛情を込めて山手学院をそう揶揄している自分がいた。完全なる生徒主体の学校──責任ある自由の中で、ある意味安定感ある山手学院に親しみすら覚えていた。しかし、令和元年となる2019年度から迎えた時乗新校長の元、回天のごとく様相が一変する。生徒や保護者、教員のすべてを巻き込む大改革の遂行。その革命を進めていける基盤が山手学院にあるのだろうか。学校説明会や先生方、保護者・生徒の声から見えてきた姿を元に検証していく。

はじめに

2018年度まで校長を5年間務められていた大澤校長が退任され(体調不良?)、2019年度から時乗新校長が就任。時乗校長は、県立湘南高校校長を退任されたのち、神奈川県教育委員会で現在の進学重点校の学校改革に取り組まれていたという経歴だ。

大澤前校長(山手学院1期生)が持っていた山手学院のアイデンティティは確かに建学の精神に則っていて、良くも悪くも「これが山手だ」という安心感と安定感に満ちた5年間だったと言える。

その大澤前校長の在任期間に入試対策部長・広報部長・国際交流部長・進路指導部長など、これからの山手学院を支える30代〜40代の教員が要職で活躍し、山手のイメージがグンと若返って保護者・生徒に与える印象も様変わりした。大学進学実績の躍進も追い風となり、再び人気校としての認知を広げてきている。

スローペースではあるものの着実な変化を遂げていた山手学院が、今年からドラスティックに変わることを宣言した。

スローガンは「Chang Maker」(資料原文ママ)。
その改革の中身やいかに。

これからの山手

高校受験生向けの説明会を受けて書いている記事のため、中学受験の方には不要な部分もあるかと思いますが、学校の方針・方向性を見ていく上では参考になると思いますので、ぜひお目通しください。

アントレプレナーシップ

「校長に就任するにあたって、山手学院の創設者がどのような人材を輩出したかったのかを考えました。50年前から生徒を海外に出している、北米研修に送り出している。

グローバルと自由という建学の精神があって、それを実現していくためにどうしたらいいのかと考えたときに、創設者はChange Makerを生む学校にしたかったのではないか、という答えにたどり着きました」(時乗校長)

校長先生が語っていたのは、山手学院高校生が持っている潜在能力の高さとその可能性のたくましさだ。その力を信じて発信力を持った社会起業家を生み出す学校にしていきたいとのこと。Unhappyな人たちをhappyにしていく学校へ。そして、山手を選んで後悔することのないような教育活動をやっていく、と力強く前を見据えている姿は印象的だった。

実際に「アントレプレナーシップ教育プログラム」には、今年度より既に参加している。このプログラムは栄光・聖光・湘南白百合の生徒と合同でボストンMITを訪れて行う研修である。アントレプレナーの講義を聞き、ワークショップやプレゼンを実施していくもので、山手から今年参加した6名には大好評だったとのこと。
(※山手学院の発表資料には栄光の名前がありましたが、実際は栄光学園の生徒は参加していないとのご指摘を参加者の方からいただきましたので訂正いたします。)

(説明会資料より抜粋)

アントレプレナーシップとは、起業するときに必要な新しい価値観を見出していく考え方だ。「解決する」ではなく「発見していく」姿勢で、多種多様な価値観を理解し、社会ニーズや変化に対応して敏感に反応できる姿勢を、山手学院でも育みたいとの目論んでいる。

数名のためのアントレプレナーシップ教育ではなく、学校全体で起業家マインドを育てていきたいという気持ちもあり、学校の土曜講座の中でもこの二学期から全8回の講義が開かれている。

YG+(ワイジープラス)

山手学院が目指す姿を描いたYG+という方針は今後も継続。これは自己効力感を育成しつつ、明確な教育効果を創出するための取り組みで、未来の生徒たちの姿をイメージしながら「具体的な」学校改革を行っていくというものだ。eポートフォリオの導入、英語4技能を高めるためのEnglish skillsや海外研修の充実、キャリア教育・探究プログラムの推進などがこれまで紹介されていた。

昨年度までは牛歩戦術で進めてきたYG+も新体制によってついに加速する。特に動きが遅かった設備関連の整備が実現することに。生徒用校内WI-Fi環境整備が完了し、プロジェクターも全教室に今年度中に設置済み。学習用タブレットも現在中3のみ貸与形式で使用しており、2021年度以降全学年導入を予定しているとのこと。

今後の山手の動きとして三つの項目が挙げられていた。

  • 得た知識を活用する良質な体験
  • 教科・科目の学習
  • 教育基盤

良質な体験においてはPBL(プロジェクトベースドラーニング)やアントレプレナーシップ教育、海外研修を軸に。教科・科目の学習では、ペーパーで測れる学力、つまり大学進学実績の向上を。教育基盤の充実は、ipadやWi-Fi等の情報機器による学習環境を整えるといった部分で具体的に反映されていくようだ。

新コース制度やカリキュラムも計画されており、山手の特徴でもあるグローバルな取り組みにおいては、海外研修も活動域や参加人数を広げていくことになる。

2021年度入学生から特進コースを設置

これまで特進コースの設置には二の足を踏んでいた山手学院だが、2021年度入学生より遂に特進クラスが出来る。国公立大学志願者が全体として少しずつ増えてきていることもあり、従来あった理数コースと文系選抜を統合するイメージだ。特進コースは文理別なし、2クラスで運営される予定となっている。(下図参照)

気になる募集方法や選抜についてはこれから検討に入るということ。おそらくは、これまでの理数コースと似たような募集方法となる。願書に特進コース希望の旨をチェックし、2/10、2/12の入試得点で基準点以上であれば特進合格といった形を取ると予想する。

特進出願の内申基準が設けられる可能性もあるが、135/135の生徒より入試で高得点を取れる生徒の実力が高いことは、内部データから証明済みのため、おそらく特進に限った内申基準は「なし」となる。進学コースの基準を満たした上で後は入試得点による選抜という形になるだろう。

受験生に気をつけてほしいのは「2021年度入学生から」ということだ。2019年度時点での中学3年生ではなく中学2年生からになる。

(説明会資料より抜粋)

どんな生徒が来る?

山手学院を併願にする生徒は、他にどこの学校を受験しているか、ということについて学校からデータが提示された。下図の通りだが、予想を上回る各校志願者に対する占有率が示される。占有率というのは、その公立高校を受験した生徒のうち山手を併願にした生徒の割合のことだ。

例えば、湘南高校であれば、2019年度の受験者609名に対して山手を併願校として選択した人が325名いたということ。湘南受験者の併願校としては、中央大附属横浜、桐蔭学園、鎌倉学園、日大藤沢(特進)などが挙げられると思うが、その中でも山手の存在感は群を抜いている。

(説明会資料より作成)

つまり、山手学院には湘南・翠嵐・柏陽・緑ケ丘を受験できるレベルの生徒が集まる、ということだ。ネガティブに捉えれば、最難関校に不合格だった生徒の集まりということになる。畢竟、不合格を引きずり充実した高校生活に入り込めない生徒も出てきてしまう。

2019年度の上記4校の高倍率を鑑みると、相当数の不合格者が出ているはずであり、その大半が山手に流れ込んだ計算となる。2019年度入学者はかつてないレベルの生徒が集まっているのではなかろうか。

そう考えると、そのメンバーの気持ちに火をつけることができれば、学力面でも学校生活の面でも、非常に高いクオリティのメンバーと3年間を送れる可能性が山手学院にはあると言える。山手学院の担っている責任は大きい。もちろん期待も、である。

大学進学実績について

大学進学実績については各所で語られているので割愛したいところだが、言っておきたいことは、国公立志向が強まっていることと、難関大学への実績を出しているのは高校から入った生徒の方が多いことだ。実績も伸びており、山手の進学指導は着実に成果を出しつつある。

(説明会資料より抜粋)

(学校ホームページより抜粋)

「現在、大学進学実績については県立トップ3校の後塵を拝しています。湘南生と比較すると、湘南生はメタ認知が出来ている。なぜ勉強するのか、その勉強がどこにつながるのかを知っています。

山手の生徒はそこが弱い。パッションをもっと持たせたいと思っています。それが出来れば、県立トップに並べるはず。3年後は山手が3校のうち一校を食います」(時乗校長)

説明会冒頭での校長先生の宣言である。3校は自明だが、国公立の実績で勝負するのはかなりチャレンジング。今後の成果に注視していきたい。

ホームページには過去9年分の実績がすべて掲載されている。これは誠実な姿勢。ぜひ比較してみてほしい。
山手学院ホームページ進路実績

併願内申基準の変更について

併願確約の基準については、「従来よりも上がる」ということだけ現時点では記しておく。かなり厳しい基準と言えるが、山手の目指す姿と校舎のキャパシティを考えると、人数を絞るのは致し方ない部分でもあり、理にかなっている。10月12日の学校説明会(2000名満席らしい)で発表されるようなので、その発表後に追記したい。

ただ、山手を含む複数の学校で2020年度の併願基準が上がっている傾向を無視するわけにはいかない。

弊塾から近所の某校長もぼやいていたが、「中学校は高い内申点を出し過ぎ」という声を各所で聞く。「内申点のインフレ」が起きているというわけだ。

全くそのインフレを実感しない弊塾は、生徒の実力が足りないのか、地域的に恵まれていないのかのどちらかであるが、10,000人規模の県内模擬試験でトップ100に何人も輩出していることを考えると、おそらく後者。鎌倉は恵まれない地域である。

実力通りの高校に入れる可能性が高い、という点では先を見通すとハッピーと言えるが、生徒・保護者の理解を得るのは難しい。いい加減、内申点の地域格差にはメスを入れるべきだと思っている。

現役MARCH志向 vs アントレプレナーシップ

最後に、山手の体質について考察したい。

“MARCH合格者数日本一”
山手が以前掲げていたキャッチコピーだ。日本一を取ったのは一度ではなく、記憶にある範囲でも2016年と2018年と直近でも達成している。問題となるのは、この「現役MARCH」を良しとする価値観が山手学院に根強く存在している点である。

誤解を恐れずに言えば「“中の上” 安定志向」と言える。(もちろんMARCHを貶めているわけではないし、MARCHに通っている目的意識の高い大学生もたくさん知っていますので、ご勘弁ください)

その志向こそ、学校にとっての至上命題で、保護者・生徒にとって必要充分な成果である、という空気が久しく蔓延していた。湘南・柏陽が国公立を謳うのとは対照的である。

国公立をチャレンジできる力があったとしても、挑戦して敗北を味わうくらいなら指定校推薦で早慶へ。早慶を受けたいと思っていても、指定校でMARCHが取れそうだからそちらを選ぶ。

無理をしない──。
「MARCHに入れたら御の字じゃないか」そんな声が内外から聞こえてくる。

この「現役MARCH志向」は、時乗校長が掲げるアントレプレナーシップ・起業家精神は真っ向から対立する。そして、今の山手学院が示しているのは、後者のチャレンジ精神を持った生徒たちを育てる方向性だ。山手学院に足りないもの、それは目標を定め、それに向けて挑戦する気概を持った生徒たちだ、学校はそう仮定して方向性を定めていく。

入試基準内申点を上げることも、アントレプレナーシップを育てることも、国公立志向を強めていくことも、その「チャレンジングスピリットの欠如を埋める」という視点から見ると、非常に理にかなっているように思う。

生徒・保護者がそこを見誤ると入学後のミスマッチが起きる。これまでの山手に足りなかったものをもたらしてくれるのが、時乗校長率いる新生山手学院なのかもしれない。

しかしながら、である。新任の校長先生がこの抜本改革をぶちまけるには、山手学院はあまりに巨大だ。これまで数多の校長先生たちが改革を叫び、志半ばで学院を去っていった。今回は特に派手な取り組みが目を引くが、内部の根回しが間に合っていないようにも感じる。

山手の教員数は軽く100を超える。これまでの山手を支えてきた自負があるベテラン教員も在任中だ。山手の居心地の良さ、程よい塩梅を味わい続けてきた抵抗勢力とも言える教員たちは、今回の改革を受け入れられるのだろうか。

「山手を変えたい、山手生を変えたい」そんな時乗校長の軽やかなフットワークと、「山手は自由。それでいい」という古参教員の重い腰の軍配は、果たして。

さらに言えば今回の校長先生の改革が「思いつき」「一過性」に終わるのではないかということも懸念材料である。2009年からの10年を振り返っても篠崎先生→前島先生→大澤先生→時乗先生と山手学院の校長先生は4人目となる。

バックについている有隣堂をはじめとした理事会の発言権が強いとは言え、私学にも関わらず10年で4人目の校長はやり過ぎだ。サッカー日本代表監督レベルの交代頻度である。時乗校長の大改革は、腰を据えて継続することが出来るのだろうか。

改革にはパワーがいる。強烈なリーダーとそれをフォローしていくメンバーの気概だ。教職員、生徒、保護者、さらに理事会が一枚岩となることが必須だろう。

美しく機能的な図書館棟や新体育館は目を引く。旧体育館の場所には、新たに自習室棟を建設中である。しかし、いつまでも放置されている入り口脇の旧校舎(もはや遺跡)や、メインの校舎は古びて公立並である。古いものが置き去りにされ、そこに手を加えていくわけでもなく、見て見ぬ振りをするという体質がそんなところに顕在化していると思ってしまうのは邪推が過ぎるだろうか。

おわりに

ここまで書いてきたが、私自身「山手ファン」である。地元にも近い。また、弊塾出身の山手卒業生はみな本当に自分を持っていて、自らの判断で輝く道を歩んでいる。演劇教育者、藍染芸術家、文学部からサイバーエージェントに就職などなど。

在校生もパンフレットに度々登場したり、一点の曇りもなく「山手オススメです!」と後輩たちに紹介してくれたりするなど、眩い姿を見せてくれている。また、尊敬する先輩も教員として在職中である。

だから、応援している。
今後も生徒に勧めていきたい。

生徒不在・保護者不在の改革はあり得ない。

「これからの山手」が「これまでの山手」の素晴らしいエッセンスをしっかりと携えたまま驀進することを願うばかりだ。

※記事中の美しい写真は塾卒業生で山手学院出身の大学生に提供してもらいました。ありがとうございます。

2017年に書いた記事「山手学院か、湘南学園か」から状況はだいぶ変わりましたが、参考になると思いますのでよろしければこちらもご覧ください。

山手学院か、湘南学園か