鎌倉の進学塾 塾長が考える、受験と国語とその先のこと- Junya Nakamoto -
2017.08.03
中学受験において、国語の小説文での得点は、大きく合否結果を左右します。心情や人物像の読み取り、人物関係や展開の変化など、複数の観点から客観的に判断して答えを導き出す数々の出題。大人が見ても趣向が凝らされていて、思わず唸ってしまうような良問ばかりです。
今回は、中学受験でよく出る作家を紹介しながら、数多くの受験指導をしてきている視点から、読み方や出題ポイントなどを含めて記事にしました。今回もボリュームたっぷりです。じっくりお読みください。
一つお伝えしておきたいのが、「出題されるから読む」のでは意味がありません。巷には頻出作品ランキングなどもありますが、その1位から読んでいっても無駄です。中学受験に役立てようと思うのであれば、なぜ出題されるのか、なぜ中学校はその小説を選んだのか、出題者の意図、学校の想いを念頭に置きながら読む必要があります。
では、どんな出題があるのか。人物の心情を問う問題は当然のように各校で出題されますが、それ以外にも例えば、難関中学では次のような問題も出されます。
「『ありがとう』なんて呼吸のようなものだ」とありますが、どういうことですか
「『会う』というよりも、『見かける』というほうがいいかもしれない」とありますが、「会う」と「見かける」という言葉にはどのような意味の違いがありますか
いかがでしょうか。非常に難易度が高く、抽象的な問題です。文中からヒントを見つけ、自分で論理的に構成し、これまで生きてきた中で獲得した視点や知識を応用しながら、答えを一つにまとめていくことを求められています。
「言い換え」を的確に行える力が必要です。因果関係を整理して、抽象を具体化し、比較することで違いを説明できる能力が求められています。論理性がなければ、読解はただの感想です。語彙力を高め、読むスピードを上げ、物語の「パターン」を知るために、読書は有効です。良い本をたくさん読みましょう。量と同時に質も重要です。
前置きが長くなりました。定番中の定番、「重松清」から近年注目の「朝井リョウ」、そして一部の難関校で根強い人気を誇る一押しの「小川洋子」までご紹介いたします。気に入った作家の作品を片っ端から読むのも良い読み方です。「作品ベース」で考えるのではなく、「作者ベース」で読んでいくのも面白いと思います。
重松清 |
言わずと知れた中学受験のド定番、重松清です。小学生主人公の物語も多く、低学年であれば小学校3年生から大学生や大人まで楽しめる作家です。登場人物が「どこにでもいる誰か」であることが多く、感情移入がしやすいという特徴があります。
舞台設定が細かくてリアル、全体に平易な言葉で書かれている読みやすい作品が多数あります。すべての重松清作品が小学生向けかというと、そうではないので、少し注意が必要です。「疾走」「かっぽん屋」は避けたほうが良いでしょう。
どう読むか
出題ポイント
出題校
おすすめ作品
椰月美智子 |
落ち着いたストーリー展開と、的確で癖のない文章表現を操る椰月美智子もよく出題されます。心情描写や会話文に意図が込められていることが多く、しかもその意図が割とはっきりしているため、問題としても出題しやすい文章となっています。登場人物のキャラがしっかりしているので、自分自身とは異なる性格の人の視点を獲得するのに最適です。
どう読むか
出題ポイント
出題校
おすすめ作品
森絵都 |
物語の設定が少し凝っていて、ストーリー展開も豊かで面白い作品が多いのが森絵都です。体言止めと口語文のバランスが心地よく、登場人物の描き分けに秀逸さが見られます。特に2015年に刊行された「クラスメイツ」は、中学1年生の24人の日常について描かれていて、中学受験で頻出しています。リズムよく読み進めながらも、人物の心情読解をしていくには森絵都がおすすめです。
どう読むか
出題ポイント
出題校
おすすめ作品
瀬尾まいこ |
心情表現の巧みさと温かな家族の描写が素晴らしく、セリフの中にほとばしる人間味あふれる登場人物たちが秀逸な瀬尾まいこ。読む人の心に届ける豊かな文章表現が特徴です。ストーリーの起承転結もさることながら、終盤一気に畳み掛けるように人物関係と心情が移り変わっていくところも圧巻です。温かさと豊かさを見事に一冊の本に閉じ込める技巧をお楽しみください。
どう読むか
出題ポイント
出題校
おすすめ作品
辻村深月 |
展開のテンポの良さと短編の歯切れの良さ、視点の若さが魅力の辻村深月。登場人物の年齢が比較的低いものも多く、中学受験でも出題されるようになりました。終盤のどんでん返しにも注目です。文句なしの名作も多数ありますが、一部の作品は少しサブカル的要素があったり、暴力的表現を含んだりしているので、選ぶ時は注意が必要です。
中学受験向けとしては「家族シアター」「島はぼくらと」が圧倒的に良いですね。また、2018年度本屋大賞に選ばれた「かがみの孤城」も主人公が中学一年生ということで、入試に出題される可能性は十分。チェックしておく価値がありそうです(そしてファンタジー系要素もあるので小学生も大喜び)。
どう読むか
出題ポイント
出題校
おすすめ作品
宮下奈都 |
「羊と鋼の森」で一躍脚光を浴びた宮下奈都は、日常の切り取り方に卓抜したものがあり、当たり前の毎日を嫌味のない描写によって彩ることのできる作家です。淡々とした会話が多く、会話文の短さが特徴的ですが、大きくゆったりと流れていくストーリーに身を任せるように読んでいくと楽しめます。全体にくどさがなく、さっぱりとした読み口なのも好感が持てますね。
どう読むか
出題ポイント
出題校
おすすめ作品
朝井リョウ |
「桐島、部活やめるってよ」で鮮烈デビューを果たした新進気鋭の本格派、朝井リョウ。高いレベルで文章が書ける最も若い作家と言えます。みずみずしい筆致と、鋭すぎる人間観察による人物描写、そしてラストをきっちりとまとめてくるストーリーに対するこだわり、どれを取っても次代を担う小説家となることは請け合いです。その期待感も相まってか、中学受験でも出題する学校が増えています。
どう読むか
出題ポイント
出題校
おすすめ作品
小川洋子 |
今回挙げた作家の中で最も文学的な作品を書くのが小川洋子。平明で分かり易い心情表現ではなく、遠回りでやや難しめの言葉を使いながら、少し不思議な出来事についての物語を紡ぎます。浅野や渋谷教育学園渋谷、桜蔭などの国語にこだわりがある学校が入試問題として採用しており、本格的な国語力が問われることになります。小説を読み慣れていない人にとっては、読解がかなり厳しい作家となるでしょう。
どう読むか
出題ポイント
出題校
おすすめ作品
恩田陸 |
「蜜蜂と遠雷」で本屋大賞と直木賞をダブル受賞し、2017年注目の作家となった恩田陸。もとより豊かな表現力と展開力、そして少年少女の登場人物の描き方には定評があった著者ですが、入試問題からは少し離れたところにいたように思います。「蜜蜂と遠雷」だけでなく、他の作品も再評価され、2018年度入試以降、数多く出題されてくるのではないかと予想します。
どう読むか
出題ポイント
おすすめ作品
小学生は自己中心的で未熟です。それこそが輝きであり眩さであり魅力ですが、中学に入ると人間関係の中で自己を捉え直し、再発見していくということが必要になってきます。そのための土台作りとして国語の受験勉強があるのでしょう。
私立中学校としては、小説文読解の問題を通して自己中心的になりがちな小学生が「他者視点」を持てているか、人の気持ちを多面的に捉えられているか、言葉から場面を思い浮かべる想像力があるか、といったような表面的ではない「大人度」を試してきます。
出題者の意図を汲みながら、幅広い知識と教養そして読解力・想像力・論理性を持って入試に立ち向かうことが必要です。
小説を読むこと=国語力の向上ではありません。何を読むか、どう読むかが肝要です。
もちろん、これらの作家の作品は楽しんで読むことが前提だと思いますが、受験を意識するのであれば、問題につながるような読み方をしたり、読後に親子で話し合ったりしてみると良いのではないでしょうか。
最後までお読みいただきありがとうございました。
少し切り口を変えた最新版はこちら。
2020年度に開成や海城などで出題された新定番の呼び声高い、朝比奈あすか「君たちは今が世界」についてはこちらの記事で触れていますので、ぜひご覧ください。