鎌倉の進学塾 塾長が考える、受験と国語とその先のこと- Junya Nakamoto -
2017.01.17
目次
長らく中学生に接してきた経験から、中学生が読書の世界にハマって、かつ文学へのいざないとなるような良質な本を紹介していきたいと思います。本を好きになるための「入門編」から「中級編」だと思って読んでください。
国語が苦手で読解力を高めたいという人にも、小学校の時はハリーポッターしか読まなかったという人にも、面白い本の探し方が分からない人にもオススメです。
よくある勘違いとして、「小説を読み慣れていないので短いものから…」というのがありますが、短いものばかり読んでいても小説の本当の楽しみは分かりません。長編小説をしっかり読みきって初めて「小説って面白いんだ」と気づくものです。というわけで分厚めの小説が並んでいます。覚悟して書店で手に取りましょう。(Amazonでポチりましょう)
いわゆるこの分野の古典とも言える作品から、最新の作家までラインナップしました。「面白さ」と「質の良さ」、「次の読書につながる」がキーワードです。10冊に絞るのは悩みましたね。まずは、お気に入りの一冊を探すところからスタートすると良いと思います。
では、始めます。(読みやすさ順に並べたつもりです)
「武士道シックスティーン」 誉田哲也 |
ミステリーの名手、誉田哲也の本気の青春剣道小説です。この小説を読んで剣道を始めたという中学生もいるくらい、熱く爽やかに武道の心そして剣道の魅力が描かれます。二人の相反する性格を持った少女が剣道に打ち込み、切磋琢磨しながら「境地」を目指して成長していく物語。文章構成とテンポが素晴らしく、丁寧かつリズミカルに物語は進みます。読みやすさ、面白さ、爽やかさ、感動、どれを取っても太鼓判を押せるエンターテイメント小説です。「セブンティーン」「エイティーン」と続いていき、特に「エイティーン」は秀逸です。三部作全部読んでこその作品ですので、読破をおすすめします。小説を読み慣れていない人でも、本が好きな人でも大丈夫。万人受けする作品です。損はさせません。
「陽気なギャングが地球を回す」 伊坂幸太郎 |
キレのある言葉の言い回しや軽妙洒脱なセリフ、秘められた皮肉めいたメッセージが心地よく、現代の小説家の中でも1、2を争う人気を誇る伊坂幸太郎の初期代表作です。一癖も二癖もある魅力的な個性を持った四人の銀行強盗が、あれやこれやと理屈をつけて「ロマンのある強盗行為」を働く姿が面白く、急展開を見せる後半の盛り上がりも必読です。散りばめられた伏線を読み進めながら回収していく読み方に、読書の新たな楽しみを発見できる方も多いのではないでしょうか。「小説って楽しい」と素直に思わせてくれる作品です。ストーリー展開の速さやスリル、楽しい登場人物などを求めている方に最適です。まずは、読んでみましょう。(文学的な要素はほぼありません)
「六番目の小夜子」 恩田陸 |
近年の学校ミステリの代表作ではないでしょうか。学校の言い伝えである「サヨコ伝説」をめぐる地方の高校が舞台の小説。高校生らしい瑞々しさがほとばしり、友情や恋愛だけでなく、この年代の不安定さや危うさ、強すぎる共同体意識などがうまく描出された作品です。設定が面白く、序盤から引き込まれます。ラストがやや淡白で、そこまでの盛り上がりからすると物足りなさも残りますが、それを差し引いても満足できる一冊です。
「冷たい校舎の時は止まる」 辻村深月 |
辻村深月ワールドの出発点となった作品。大雪の日に学校に閉じこめられてしまった八人の高校生。奇怪な出来事が次から次へと起き、二ヶ月前に自殺した同級生のことを思い出していくという、学園ミステリです。独特の世界観と、軽くてリアリティのある文体で紡がれる物語は、特に中学生には共感を呼ぶのではないでしょうか。八人の登場人物についても、抱えている切なさや哀しさ、十代特有の不安定な揺らぎなどが細かく描かれ、感情移入が出来ます。粗さもありますが、それも含めて面白い。夜に読むと、怖さと続きが気になってしまうのとで眠れなくなるそうです。
「よろこびの歌」 宮下奈都 |
『羊と鋼の森』で本屋大賞を受賞し、一躍脚光を浴びた宮下奈都の名作。私立の女子高校が舞台となって、合唱活動に取り組んでいくお話です。母親が有名なバイオリニストでありながら音楽とは縁遠い生活を送っていた主人公が、合唱の指揮者として周囲をまとめあげていきます。第一章は主人公の視点で描かれますが、その後の各章はクラスメイトの目線で連作短編として展開していきます。主人公のみならず、その他の登場人物一人一人が、ありのままでありながら見事な存在感を放ちます。宮下奈都のうまいところは単純な友情青春物語で終わらせないところです。この年代の少女たちが抱く、時に濃厚でまた時に非常に淡白な日常を見事に描出しています。押しつけがましくないスタイリッシュな情景描写がすっきりと胸に迫り、爽やかな読後感を与えてくれる一作です。続編『終わらない歌』も含めてザ・ブルーハーツ/ハイロウズの名曲が著書名となっているのもロックですね。
「百瀬、こっちを向いて」 中田永一 |
一つくらいは恋愛小説を。ただし、美男美女によるありきたりなロマンスはそこにありません。中編小説が4編収録されており、どの作品も変に凝ったところのない、それでいて1ページ先を期待させる良作です。表題作では、自ら人間レベルは「2」だと語る、薄暗い電球のような存在の地味すぎる高校生男子が主人公です。彼の前に現れた強気な女の子に、ある事情から「偽装恋人」を頼まれます。設定自体はフィクションじみていますが、これが見事なリアリティを持って描かれます。優しく美しい情景描写と切なくさりげない心情表現が秀逸で、いつの間にか主人公と女の子の両方を応援する気持ちになるから不思議です。ラストのまとめ方も素晴らしく、小説家としての力を感じる作品です。
「桐島、部活やめるってよ」 朝井リョウ |
今をときめく若手小説家の筆頭、朝井リョウの代表作です。その軽薄なタイトルや、多くの大人が抱えているであろう印象よりも、ずっと良い作品です。ある高校を舞台にして映画部の少年やソフトボール部の少女など、複数の主人公が章ごとに登場するという形式になっていますが、各章ごとに人物のキャラがしっかりと出来上がっていて、適度な距離感で絡んでいきます。スターばかりでも根暗ばかりでもない、そんなクラスでの一コマを、光と影が織りなす絶妙なコントラストで書き上げます。著者の人間観察の鋭さと、それを言葉にする能力が抜群で、人物の切り取り方がリアルです。テンポの悪さや誇大表現、擬音語の多用など、若い作者ならではの粗さもありますが、未完の魅力がそこにはあります。今の中学生たちと一緒に成長していき、日本を代表する小説家になっていくのではないでしょうか。
「幸福な食卓」 瀬尾まいこ |
「父さんは、今日で父さんを辞めようと思う」という衝撃的な一文で始まる小説ですが、家族の崩壊を描いた作品ではありません。家族であっても一人の人間でしかなく、だからこそお互いを思いあっていかなければならないということに気づかせてくれる作品です。この手の作品にありがちな押しつけがましさは全くなく、会話で使われる言葉の選び方や、テンポ、苦悩を中心とした心情の書き表し方にセンスが満ち溢れています。鮮やかな筆致でゆっくりとほっこりと物語は進みますが、ラスト直前で思いもよらない展開が待っています。読書好きの生徒におすすめしたところ「人生のバイブルです」と絶賛された一冊です。私自身も近年、一番涙した本かもしれません。小説の持つ力や「言葉」の可能性を否が応でも感じさせられます。映画化もされていてそちらもおすすめです。透明感ある北乃きい主演で、主題歌となっているMr.Children「くるみ」が心に沁み渡る出来となっています。
「神様のカルテ」 夏川草介 |
どうしても櫻井翔主演の映画のイメージが先行しますが、現役の医師が書いたこの小説は、リアリティがあるのは言わずもがな、実は文学的にも凝っている良質な作品です。美しい情景描写やよく練られた心情表現、魅力ある登場人物と工夫されたストーリー構成。主人公と周囲の人とのやりとりの面白さに引き込まれます。著者夏川草介は、そのペンネームからしても作品の内容からしても、漱石や芥川への造詣の深さが感じられ、「流行りモノ」で終わる作家ではありません。神様のカルテは「本物」の小説です。続編もいろいろ出ていますが、「旅の終わり、始まりの旅」に収録されている短編も傑作です。
「ぼくは勉強ができない」 山田詠美 |
鬼才、山田詠美の描く少年少女小説を世に知らしめることになった一作。タイトルの通り勉強のできない17歳の高校生のお話。「勉強よりも素敵で大切なことがある」と堂々と語り、窮屈で一方的な価値観を押し付けてくる学校に対して反感を持つ主人公。中学生や高校生にとって、「決められたこと」「正しいとされること」に対して真っ向から(心だけで)挑んでいくその姿は爽快です。どこか青臭く、でも大人への一歩を踏み出す高校生の日常が、美しい比喩と豊かな心情表現、山田詠美だからこその文体で描かれます。以前は高校入試でも頻出していましたね。
3作挙げておきます。
「ゴールデンスランバー」 伊坂幸太郎 |
「好きな小説は?」と聞かれて、挙げる作品の一つです。長編で前半は説明過多なところもあり、読み切るのは少し大変ですが、後半の息もつかせぬ展開と、張り巡らされた伏線が最後に繋がる快感は著者ならでは。伊坂幸太郎のエンターテイメント最高傑作です。(ミステリーではありませんね)巨大権力によって首相殺しの犯人にされた主人公が、仲間の力を借りながら逃げ続けるストーリー。作中のセリフ、『人間の最大の武器は、習慣と信頼だ』は、心を揺さぶります。何度読んでも面白く、堺雅人主演の映画の出来も最高です。
「空をつかむまで」 関口尚 |
「武士道シックスティーン」で、一味違うスポーツ小説の面白さを味わった方にはこちらもオススメです。「泳ぎ、漕ぎ、走る」、トライアスロンというスポーツを通してタイプが違う三人の少年たちが成長していく過程が描かれます。人物の心情を巧みに描きわけ、友情、努力、葛藤、そしてクライマックスへというテンポの良い文体と文章力の高さによって、読者は知らず知らずのうちに、伴走しているような気持ちになります。読後に清々しさが残る作品ですね。
「サウスバウンド」 奥田英朗 |
東京に暮らす普通の小学六年生の主人公には、誰が聞いても「変わってる」という過激な父親がいます。第一部での、不良中学生との戦いやクラスメイトとの毎日は一見普通の青春小説ですが、次第に父親の存在が色濃く現れてきて、一家は沖縄に移住することになります。第二部では舞台を沖縄に移し、全く別の世界観で物語は進んでいきます。むちゃくちゃですが、どこか愛すべきところのあるこの父親が小説内のキープレーヤーです。冒険、サバイバル、友情、ロマン…。盛りだくさんの長編は、読みごたえ抜群でありながら、あっという間に読みきってしまう面白さがあります。国家への抵抗する父親が声高に叫んでいることなど、少々テーマが難しいところもありますが、そこは主人公の少年の目線で読みやすく書かれており、少し背伸びをしたい中学生にはちょうどいいのではないかと思います。何より、心を打たれるセリフの数々がこの作品の魅力です。スコン、と胸を撃ち抜かれるような爽快な一言一言が読み終わった後もこだまする、そんな作品です。
良い小説は、卓抜した言葉に溢れていて、読み進めることで言葉の海に飛び込み、空にふんわりと浮かぶ言葉と共に漂うことができます。言葉は架け橋です。自分が伝えたいことがあるとき、そして人が伝えようとしていることを置き換えてあげるとき、そこには言葉が必要です。
中学生──。そのほとばしる若さに「言葉の力」が宿れば、さらに生き生きとした毎日が送れることでしょう。
本を読もう。そして、自分の世界を広げ、言葉と表現を身につけよう。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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