鎌倉の進学塾 塾長が考える、受験と国語とその先のこと- Junya Nakamoto -
2024.04.10
3月2日から始まった五年目のかまくら国語塾。5期生メンバーの面々は、自分自身の作品と一か月向き合ってきました。そして、迎えた4月6日。2024年最初の『作家のセカイ』に、作家・評論家の高橋源一郎さんをお招きし、「書くこと」についてのワークショップを開いていただくことになりました。
高橋さんの「世界を見つめ、世界に耳を澄ませること。そして、ぼくたちは、「文章」を書くのである。この世界のことを、もっと知ろうとして」という一節が大好きで、かまくら国語塾webページにも掲載させていただいています。
高橋さんは、文芸界においてあまりにも大御所で、ダメ元のオファーがまさかの快諾だったわけですが、打ち合わせから当日に至るまでのやり取りを含めて、本当に気さくで端々にウィットが利いていて素敵な方でした。
当日も「どーもー」と軽やかに登場していただき、ワークショップの幕が上がります。
ワークショップのタイトルは、「『書く』ってどんなこと?」。
かまくら国語塾の目玉イベントと言える「作家のセカイ」は、卒業メンバーも参加可能なので、5期生+卒業生の総勢15名でお迎えする形となりました。
こんにちは。高橋です。これからやる講座は日本で一番と言われている、書く講座です。書きます。僕は43年間小説を書いていますが、お話を書いている間は、僕と君たちは同格、つまり仲間だ。
と、熱い言葉からスタート。
そして、参加者に配られたのは、白い紙に書かれた「私」という文字。
はい、書いて。とにかく書いて。『私』という文字を見て思いつくことを、書く。制限時間は20分。
メンバーのみんな結構、大変だな。と悠長にカメラを構えていたら「中本さんも書くんだよ」と言われ、書くことに(汗)。メンバーの前で下手なことは書けない、とプレッシャーを受けながら「ワクワクする葉っぱ」というエッセイを書きました。
20分が経過したら今度は、発表の時間。
一人ずつ自分が書いたものを読んで、それを聞いた次の人が一言感想を言いながら回していきます。
以下は、メンバーの珠玉の「私」ダイジェスト。
『私とは何か。そう思わない日はない。小さい頃はよく自分のことを自分につけられた名前で呼ぶ。区別するために名前をつけても、結局はみんな土に還る。だったら、私、あなた、彼、それ、あれなどという区別はいらないのではないか。みんな一緒ではないか』
『
私って人に優しくできると思う。でも、怒ってしまうことだってもちろんある。
私って健康だと思う。でも、風邪をひくことだってもちろんある。
私ってなんであの時ああしなくて、あんなふうにしちゃったの?
私っていつも気づけば、私って私ってって考えてる。
私ってなんでいつも私って考えるんだろう。なんで、なんで、なんで?
アハハハハ
なんかおかしい。笑っちゃう
』
他にも唸らされる作品ばかり。
高橋さんの合いの手や一言コメントも子どもたちの気持ちを盛り上げます。
そして、このワークの狙いについて。
「私」について書くと自分に対する偏見が分かる。だから「私」に対してどれだけ自由でいられるか、を大切にしてください。
さらに、高橋さんは「書くこと」について話を続けてくれます。
お話を書く時に一番大切なことは「読むこと」。書くのは一人だけど、みんなの朗読を聴くとその人数分の作品を読むことになる。こんな書き方があるんだ、この人こんな人だったんだ、こんなこと思ってるんだとかいうのが、いつか書く時の栄養になる。書く時で大切なことは書かないこと。書くのをできるだけ遅らせること。待つ。その間、人のを読む。いつか書けばいい。
たくさん読んでるとそれが全部経験になる。でも、ほとんどの経験は使わない。全部、読んだっきりで無駄になる。でも、その無駄がいい。たくさんたくさん無駄な時間を過ごして無駄なものを読む。そうすると何かがいざという時に助けてくれる。
その後は、高橋さんが翻訳したという詩集に載っていたたった一行の文字列についての解釈をみんなで考えます。子どもたちは少し難しかったようですが、その後のメッセージは強烈に心に残っていたようです。
本当に何かを真剣に書こうと思った時に言葉で表そうとしても言葉じゃ足りないときがある。そんな時は言葉を使わないという手もある。「書かない」という表現がある。
続いてカフカ『変身』の続き物語を書いてみたりと盛りだくさんでしたが、最後までやりきれず泣く泣くタイムアップ。あっという間の70分でした。
書くってなんだろう。
最後に、高橋さんがメンバーに問いかけます。
「人はなんのために書くのか」
その問いに対して、卒業メンバーが一言、『生きた証を残すため』。
かまくら国語塾を卒業した後も“生きた証”を残そうと書き続けてくれているんだな、と分かって胸が熱くなった瞬間でした。
「書く」理由について、高橋さんはこう話してくれました。
おはなしや物語は人間が考える上で最も適した形式だと思っています。なぜなら、物語には嘘もホントも両方入っているから。
でも、両方あるからこそ一語一語考えて書かなきゃいけない。一歩一歩、確かめながら自分の足で歩いて行くっていうのが物語です。
僕は、生きていて、この世界のことをずっと考えていたいので小説を書いています。
いつも答えを探しています。なぜ、「書く」のか。「歌う」じゃダメなのか、「詠む」ではいけないのか、「描く」では違うのか。そして、かまくら国語塾の活動を続ける中でも幾度となく、自らに問いかけてきたことです。
“この世界のことをずっと考えていたいので小説を書いています”
この言葉は子どもたちにどう伝わったのでしょうか。何十年も書き続けた高橋さんは、まだこれからも世界について考え、たくさんの作品を生み出し続けてくれます。
だから、
僕たちも、世界について考えよう。
僕たちの世界、について考えよう。
書き続けることで。
こんな、贅沢な時間が実現するなんて思いもしませんでした。
高橋源一郎さん、本当にありがとうございました。