鎌倉の進学塾 塾長が考える、受験と国語とその先のこと- Junya Nakamoto -
2020.08.20
最近の毎日の楽しみとなっている日常に確かな彩りを与えてくれる『好きな物語と出会えるサイト[tree]』(講談社運営)をご紹介します。
サイトは書評・短編小説・コラムなどから成り立っていますが、その中でもひときわ目を引くスーパーコンテンツが連載企画。
ショートショートよりもさらに短い掌編小説と呼ばれる作品を、豪華すぎる執筆陣がなんと! 毎日! 寄稿しています。2020年4月1日から始まったことになっていて、1日1作、すでに100作以上が掲載されています。
1000字から2000字の作品で、一つ読むのには5分程度。お気に入りの作家の作品を探すもよし、新たな発見のためにランダムで読んでみるもよし、数多の楽しみ方が可能です。
作家の一例を挙げてみると、、、
列挙するだけでもう読みたくなりましたね? 今のところ連載コーナーは二つ。
「2020年4月1日以降の日本を舞台に、作家に1日ずつ掌編を書いていただく」というコンセプトのもと、寄稿されている。100作品。(7月9日終了)
「子どもからおとなまでが楽しめる連載「Story for you」は、この特別な夏休みを過ごす子どもたちに向けて、62名の著者が、自由な舞台設定で小説を執筆します」とのこと。ルビも振ってあるし、小中学生も読めます。
その他にも著者が作品を語るコーナーや書評も充実。一日中見ていられるサイトとなっています。
なんせ毎日一作品ずつ増えていくわけですからおすすめ作品の数も膨大なのですが、その中でも独断で選りすぐったいくつかの作品を、小説内の美しい一節と共にご紹介してみます。(タイトルクリックで作品に飛びます)
いつもいつも──いっつも頑張ってきたのに、たったそれだけでいいと望んだ時間が奪われてしまうなんて、信じられなかった。(辻村深月「今日からはじまる物語」)
2020年、このコロナの年の新しいサービスの水端にふさわしい作品で幕が開きます。「かがみの孤城」や「ツナグ」でお馴染みで、勢いのある辻村深月をトップバッターに持ってくるところに講談社のセンスを感じますね。
深瀬は自らの罪を親しい人たちに打ち明けた。その結果、離れてしまった人、受け入れてくれた人がいて、今の生活がある。コーヒーをひと口飲むと、張り詰めていた身体が解きほぐされ、同時に、この安らぎを届けたい人たちの顔が頭の中に浮かんだ。(湊かなえ「リバース ・それから」)
“あの”「リバース」の続きが描かれています。藤原竜也主演のドラマも秀逸な出来ですが、原作はラストが見事なイヤミス。(イヤミス=嫌な感じになるミステリ → 個人的にはモヤモヤするラストのミステリ=“モヤミス”の方がしっくりきますが)。
リバース の続きがこっそり読めるのはここだけ。「リバース」超面白いので読んでみて見てみて。
庭に下りてバスタオルを洗濯物にかけ、しばしそのまま、春の小雨がこぼれてくる空を見上げていた。雨はいつでも降るし、どんな時でも季節は巡るものだ。(米澤穂信「ありがとう、コーヒーをどうぞ」)
「氷菓」「ボトルネック」の米澤穂信。物語における視線の移動の巧みさが心地よい米澤節はこの掌編でも健在。小気味よく、それでいて静かに物語が流れていく様子を味わえます。
テーブルの上に花が、しかもまだつぼみの花が一輪、ある。ただそれだけで食卓の風景が変わった気がした。今日かな、明日かな。あおいは花が開くのを心密かに待った。(原田マハ「花ひらく」)
原田マハは、小説というキャンバスにも描く”絵”が美しい。絵画的と言ってしまえばそれまでですが、綿密に奥行きを計算した文章表現は原田マハならでは。その一端を味わえます。芸術系ミステリも面白いのですが、個人的にはスピーチライターの話である「本日は、お日柄もよく」が好きです。
それを見て、おれは雨みたいだなぁと不思議と思った。雨の残像が描く線──目の前のものは、あれを切り取って集めてきたもののように映ったのだった。(田丸雅智「雨のソーメン」)
超短編である掌編小説も、現代ショートショートの旗手であるる田丸雅智にとってみればお手のもの。極めて短い物語に広がりを持たせつつも、展開を収めていく技は流石の一言。錚々たる執筆陣の中でも一際光る構成美。
そんな人間の感情とは無関係に、ポコは七転八倒しながらも最後の最後まで生きようとし続けた。感動的なほどの粘り強さでこの世にしがみついた。まだここにいたい。まだ。まだ。まだ。そう叫んでいた目を朔は決して忘れない。(森絵都「ポコ」)
文章に緩急をつけるのが巧い森絵都は、このわずか1500字の静かな小説の中にも抑揚ある表現、弱さと強さを内包させます。好きだなぁ、「ポコ」。森絵都といえば最近では「ミカヅキ」が有名ですが、初期作品である「つきのふね」「カラフル」が最強なのではないかと思っています。
感染者の再増加、迫る都知事選、曇天が続く天気予報――そんな情報を締めくくるように提示された、かに座の最下位。(朝井リョウ「お守りがわり」)
切れ味抜群。リズム感がある表現とどこまでも痛快な描写はここでも健在。元々キレのある朝井リョウは中短編の方が向いていると思っていますので、掌編小説も十二分に楽しめます。新作が出るたびに作風の幅を広げている紛れもない天才ですが、ギザギザに尖った刃物のようなデビュー作「桐島、部活やめるってよ」がやっぱり好きです。
「たのしい」は、草の上を走るときの気持ち。「うれしい」は、おやつをもらうときの気持ち。「だいすき」は、おかあさんを思う気持ち。ぜんぶまとめて、しあわせな気持ち。(まさきとしか「ボクは犬」)
これはやばい。宮下奈都がtwitterで手放しで褒めているくらいだから、私ふぜいは衝撃で手を離してスマホを落としました。そして、涙と心の揺れで容易には拾えなくなりました。これが5分で起きること?
不勉強でしたが、ミステリ作家なのですね。
<Story for you>は小中学生向けの掌編たちなのですが、おとなの方もぜひ一度、7月15日のまさきとしかさん「僕は犬」を読んでみてください。すごいよ。やられる。
— 宮下奈都 (@NatsMiya) August 19, 2020
どこにいてもできることはあるはずだ、と。そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。(宮下奈都「わたしのタワシ」)
相変わらずいい。日常の切り取り方、さりげない表現や描写がうますぎる。言葉の選び方やリズムが秀逸で、嫉妬するくらいリスペクトしています。「羊と鋼の森」はたくさんの音の表現が出てくるけれども、読めば読むほど心が静かになる素晴らしい作品で、逆に読めば読むほど音が溢れてくる「よろこびの歌」も大好きです。
限られた文字数の中に、作家の矜恃とも呼ぶべき魂の言葉がほとばしります。「コロナ」や「レジ袋有料化」など、「時事要素」がふんだんに取り込まれていて、だからこそ毎日読めるストーリーはリアルでホットでみずみずしい。名作家の“かつての名作”ではなく、今を生きている小説家たちの現在地を確認できるようなそんな作品たちに出会えます。
ただ悲しいかな、掌編小説に向いている人とそうでない人がいるのも事実。「あーもっとじっくり読みたいなぁ」という読後感を持つ作家もいれば、この超短編でも見事に収めてくる作家もいます。そんなアップダウンを味わうのもこのサイトの醍醐味なのかもしれません。
「今週の半沢直樹見た?」と同じようなノリで、朝の挨拶が「昨日のtreeよんだ?」になったらとっても素敵。
毎日、作品にグッと胸を掴まれて、読後にスマホやPCから顔を上げると世の中の見え方が少し鮮やかになるような、そんな言葉との出会いがここにはあります。ぜひ一度ご覧になってみてください。