受験を超えて

鎌倉の進学塾 塾長が考える、受験と国語とその先のこと- Junya Nakamoto -


校長交代で“カマガクらしさ”復活へ。:鎌倉学園 松下新校長インタビュー

2022.05.27


算数一教科入試、2月1日への参入、国公立カリキュラムへの変更。前任の竹内元校長はそのバイタリティと発信力で鎌倉学園に常に変化をもたらしてきました。2022年春より松下校長が就任された鎌倉学園は、どうつなぎ、どう変わっていくのでしょうか。松下校長への単独インタビューを通して見えてきた新生鎌倉学園の姿についてレポートします。

学校概要

北鎌倉の駅から徒歩10分。鎌倉五山第一位の建長寺をバックに持つ鎌倉学園。2017年に校舎が完全リニューアルとなり、濃いめのグレーや黒を基調としたクールな学び舎は迫力があります。“文武両道”を掲げ、部活動も盛ん。竹内監督率いる高校野球部は快進撃を続け、悲願の甲子園出場にあと一歩まで迫っています。2021年に創立100周年を迎えた歴史ある併設型中高一貫の男子校です。

松下伸広新校長インタビュー

“カマガクらしさ”復活へ

副校長として、主に学校活動や取り組みの中に「新しさ」や「変化」を加えてきた松下先生。コロナ禍にあって私立中高一貫校が果たす役割や、保護者・生徒の期待も移ろっていく中、鎌倉学園のこれからについて、保護者や受験生が実際には聞きづらいところまで踏み込んでお話をうかがってきました。松下先生は現在の鎌倉学園をどう捉え、そして今後どう変えていこうと思っているのでしょうか。

入学者選抜について

──まず、今春(2022年)の入学試験選抜についてお聞かせください。

松下校長:2/1午前への参入、算数選抜の実施などを経てここ数年、たくさんの方に受験していただくことが出来ています。また、近隣の中学校と両方合格して鎌倉学園を選んでくださる方もいらっしゃり、大変嬉しく思っています。これは数年前まではあまりなかったことです。

──うまくいっている、良い選抜が出来ているということでしょうか。

松下校長:はい。ただ、一方で算数選抜も含めて2/1の合格者数を随分しぼってしまっています。本当に鎌倉学園に来たい、と思っている受験生にもっと合格を出してあげたいという思いがあります。

──次年度入試で何か、変更がありますか。

松下校長:変えます。具体的には一次の定員を従来の60名から増やします。これまでは、合格ラインの引き方を厳しくしていました。高めに設定していたということです。それを思い切って変えていきます。

例えば今年であれば、一次86名、二次111名、三次116名と徐々に増えていく形の合格者数でしたが、それを逆にしたいと思っています。一次が一番多くなるように。

一次入試は、鎌倉学園の入試の“顔”です。そこを受けに来てくれる受験生を大切にしたいと思っています。

──中学入試の早期化(早めの日程で合格を取りたいという傾向)も考慮されていますか。

松下校長:コロナの不安もあります。早めに合格を出して、不安ばかりの受験勉強を乗り越えてきた受験生たちに、一人でも多く安心してもらうことが一番だと考えています。

──算数選抜で18時試験開始を可能にしたことで、1日に3回受験をすることが実質可能になったわけですが、いわゆる“トリプルヘッダー”で受験しに来た受験生はいましたか。

松下校長:いました。2~3人ですね。これは、避けたいと思っています。慶應普通部の面接を終えても、大抵は間に合います。1日に3度入試を受ける、というのは緊張感や移動の疲労を考えても現実的ではありません。次年度は時間の制限を設けていきたいと考えています。

進路について

竹内前校長在任時は、国公立の進学実績の数字についてこだわりを見せていました。2022年を含む過去四年の鎌倉学園の大学合格実績はこちら。(なぜ最新年度のみ現役生の数が書いてあるのかは分かりません)

──2022年度の出口、進学実績についてはどう捉えていらっしゃいますか。

松下校長:ちょっと国立が少なかった。東大も出なかった。早慶上智も150くらい出したい(著者注:2022年度は101名)と思っているのですが……。

ただ、明治が138とすごく多かった。明治を中心としてレベルが非常に上がっているMARCHの数が充実してきたので、ここからさらに上にアップしていく力をつけさせていきたいと思っています。

MARCHは鎌倉学園で学んでいれば合格できる、その上で早慶上智にドンと出せるような形にしていきたいと思っています。それが、国立の数字にもつながってくるはずです。

──国立の合格数で既卒の割合が少し多いように感じます。

松下校長:最難関の国立を目指すのは中学からの一貫生が多くなっています。一貫生は地方の国立よりも首都圏の早慶上智、もしくは浪人して東大・東工大・一橋を目指すことがあります。結果として既卒生の合格が多くなっているのかもしれません。

──鎌倉学園として最近の大学進学先のトレンドはありますか。

松下校長:前から傾向はありましたが、理系志向が多いですね。国立理系で1クラスあります。地方の国立でも理系で素晴らしい大学があるので、そちらに行きたいという生徒も数多くいます。

学校内の取り組みの中で、実習を外部と連携してやることが増えています。筑波大のJAXAに行ったり、東大の海洋教育センターに行ったり、信州大学に行って植生の見方を教えてもらったり猿を半日追いかけたりするプログラムを走らせています。これでハマって信州大学に進学した生徒もいますね。

学問の面白さを知って、その分野を研究するために大学を選ぶという本来の姿が最近実現できてきたのかな、と。内側からの動機づけや、興味を持ってもらえることをどんどんやっていこうと思っています。

最近の鎌倉学園の取り組みについて

──学内で面白い取り組みなどあれば教えてください。

松下校長:探究に力を入れています。網代に行って植生を見てくる、つくばで「森と未来の学校」という面白い取り組みがあるのでそれに参加してくる、あとは「ホープツーリズム」と言って福島県に3.11で閉鎖されてしまった町があるので、無人となった町の様子をガイガーカウンターを持って放射線を測りながら、関係する方の話を聞いてくるという2泊の体験があったりします。

いずれも事前に入念に下調べをして、実地に行き、さらに帰ってきて考えたことをまとめて発表するという総合学習です。

体験第一でやっていきたいと思っています。中学生は行事がすごく多いんですよ。林間学校が中1・中2、中3では研修旅行で近江に農村体験に行きます。各農家に行ってコンバインで稲を刈ったり、さつまいもを掘って天ぷらにしたり、普段体験できないことをできて好評です。

スキー教室も三年間やっています。体を動かして一緒に体験していくことは、親睦が深まるので、すごくいい思い出になりますね。

大学入試も集団の力だと思っているので、仲間同士の結束も大事にしたいと思っています。卒業してからも思い出に浸れる学校にしていかなくてはいけません。生徒が卒業後も戻ってきてくれる、そんな鎌倉学園をこれからも続けていけるようにしたいですね。

──海外研修などはどうなっていますか。

松下校長:北米とベトナムとヨーロッパの研修を以前はやっていました。ただ、今はオンラインでやるしかなくなっています。ただ、現在計画を練っているのが、カンボジアあたりは秋〜12月にかけて行けるんじゃないか、と。

提携しているベトナムの学校にも行けるかもしれないので、係の先生たちと詰めているところです。文化祭で募金活動を生徒たちがおこない、安心な水を得るための深い井戸を掘るための資金を集めるというようなこともやっています。

アウシュビッツとウィーンを回ってヨーロッパの文化を体験してくるというツアーがあったのですが、今年はそれが出来ないので杉原千畝が日本に上陸した敦賀を訪れてヨーロッパの歴史や文化、迫害などの史実について学んでいくということをやっていく予定です。

また、イギリスの公立高校から交流させてもらえないかというオファーがありました。11月か2月なら受け入れることなら可能かもしれないとお答えして、今、詰めているところです。その後、向こうの学校にもお招きいただけるということで、面白い取り組みが始まりそうです。

──様々な取り組みの中で共通して大切にしていることはありますか。

松下校長:自主自立です。建長寺の開山さんもそれを最も大切にしていました。クラブ活動や勉強、普段の活動、すべてにおいて大事にしていきたいと思っています。言われて行動するわけではなく、自ら考えて行動できる機会をたくさん設けていきたいですね。同時に楽しさ、も追いかけていきたいと思います。

中高一貫六年間のカリキュラムについて

2016年2018年の学校説明会レポートで触れていますが、六年一貫カリキュラムのドラスティックな変更についてもお話をうかがいました。

──いわゆる“特進クラス”を作った新カリキュラムの手応えはいかがですか。

松下校長:あれは、もう元に戻してるんですよ。

──えっ。

松下校長:結局、差別感みたいなのが出来てしまいました。生徒たち自身が「出来る」「出来ない」というレッテルを貼ってしまうんですよ。高校一年生で能力別クラスにしてしまうとギスギスしてしまったので、今年からは元に戻しました。

「大学進学実績の数字を出す」ということを一番の目的にするなら、特進クラスみたいなのもありだとは思うのですが、それをして普段のクラスの雰囲気が悪くなったら楽しくないんでね。

一生付き合える仲間を作ってもらいたいという気持ちが強くありますので。もっとクラス数が多ければ成績で分けてもいいのかもしれないですが、うちは四クラスしかないですから。

クラス編成自体はフラットに四クラス。その上で数学や英語で習熟度別の授業を行なっています。

高校三年生の文系・理系および国立クラスは、従来通り分けていきます。このクラスについては、基本的に生徒自身に選んでもらうようにしています。

鎌倉学園の校風

鎌倉学園といえば“文武両道”のイメージがありますが、このイメージを作っているのは高校の野球部や陸上部の華々しい活躍です。実際の中学生は、部活動を楽しんではいるものの、勉強に力を入れている生徒もいて、インドア派も少なくない印象です。

──どんな生徒が鎌倉学園の生活を楽しめますか。

松下校長:やはり自主自立を重んじているので、自分から何かを探して行動できる子は本当に面白いと思います。なんでもいいので興味を持っている子に向いている学校ですね。クラブ活動も活発ですし、それを頑張りながら勉強とも向き合えるような子は充実するのではないでしょうか。

──逆にこういうタイプは苦しいかも、ということはありますか。

松下校長:待っている子は厳しいかなと思います。口を開けて待っていれば餌を入れてあげる、という学校ではないので、自ら動き出してほしいですね。もちろん、勉強面では中学の時がとても重要なので、手をかけて基礎力をしっかりとつけていけるようにサポートはしていきます。

不登校や肢体不自由な生徒の対応について

──不登校になってしまった生徒、学校に来づらくなってしまった生徒にはどのように対応されていますか。

松下校長:うちはカウンセラー室があって、そこに男女二人の教員が配置されています。保護者も自由に連絡をしたり、名乗らずに相談したりもできます。カウンセラー室に入れれば、教室に行かなくても出席扱いにします。少し離れたところに民家を所有しているので、学校まで来られなくてもそこで教員に会っても出席としています。

試験も別室や保健室で受けることも可能ですし、なんとか学校と繋がっている感覚を持ってもらいたいと思っています。中学の間は行けなくても、高校から復帰するようなケースも多々あります。

──中学受験をしている保護者の中には、地元の中学校への進学が本人の不登校につながる不安を抱えている方もいらっしゃいます。希望に満ち溢れて私学へ進学した後、学校に行けなくなってしまうことのダメージは保護者側にも大きいと思います。

松下校長:色々な不安と向き合えるように、保護者の方にも本人にとっても相談出来るハードルが低くなるような環境を可能な限り準備します。

──肢体不自由な生徒や、階段の上下を含む移動が困難な生徒に対しては何かサポートがありますか。

松下校長:うちはバリアフリーになってますんでね。怪我をした場合でもカードを渡してエレベーターを使ってもらっています。車椅子でもサポートできます。以前から経験を重ねてきているので、身体的に困難な状況を抱えていても、対応できる自信があります。

その他

──変化の早い時代において私学は必要に応じて姿をどんどん変えてきています。鎌倉学園が何か変化をつけていくことはありますか。

松下校長:中学の部活動の回数を少し減らそうと思っています。これは、生徒たちに余裕を持ってもらうためでもありますし、中学で身につけた勉強の基礎が大学入試にまで影響してくるということはよく分かっているので、勉強時間の確保も狙いです。

2022年から全学年一人一台タブレットが実現できたので、校内のICT環境が整いました。出来ることが増えています。また、教員同士も専用のポータルサイトを立ち上げて会議を減らし、共有していくことでスピードアップを図っていますね。

おわりに

発信力とアイデアで学校を引っ張る竹内前校長から、人柄の良さと柔軟さで学校を包み込む松下新校長への交代は、鎌倉学園のイメージを変えるものになると感じました。そのイメージとは、原点回帰とも言える“鎌倉学園らしさ”の追求です。

学校生活の雰囲気・空気感を大切にしていく。鎌倉学園を好きな人が鎌倉学園を受験して合格して通学し、その上で学校生活を楽しみながら、勉強も部活動も探究もグローバル活動もやっていく。そして、卒業後もたびたび母校に顔を出しながら、原点としての学び場となるように。

鎌倉学園は六年間かけて大学入試の準備をする学校ではありません。松下校長の言葉を借りれば、「一生付き合える仲間を作る学校」です。そのために貪欲に探究活動やその他の“共に学ぶ”体験機会を作ろうと考えていらっしゃいます。

そして、その仲間と共に将来を考え、進路も考えていけば、学校全体の勢いも出て、入試に向けての士気も上がります。今後はこれまでの鎌倉学園が歩んできた歴史を、もう一度、しかも新たな時代に柔軟に対応しながら創っていくことになるのではないでしょうか。

一方で肝入りで始まったはずの六年間新カリキュラムが、あっという間に頓挫したのは気がかりです。5月末時点ではホームページにも残っていますし、この三年間で入学した在校生はこのカリキュラムを信じて鎌倉学園を選んでいるかもしれないからです。

“検証不足”。六年前の懸念が現実となってしまったようです。

ただ、その変更も“鎌倉学園らしさ”を守るためのものです。そういった意味では就任されたばかりですが、松下校長の信念にブレはありません。共学人気にも動じない、存在感ある鎌倉の男子校としてさらなる進化を期待し続けたいと思います。

2022年学校訪問インタビュー

Vol.2 逗子開成「数字を追わない強さ──そこに逗子開成がある安心感と期待。」

Vol.3 公文国際「偏差値が10下がっても熱望組が減らない理由。」

Vol.4 浅野「『改革はいらない』浅野が突き進む進学校としての道。」