受験を超えて

鎌倉の進学塾 塾長が考える、受験と国語とその先のこと- Junya Nakamoto -


【中学受験のリアル】マンガ「二月の勝者」を塾経営者が語る

2018.07.23


「中学受験は課金ゲームです」「受験塾は子どもの将来を売る場所です」。インパクトあるコピーとイカツめの表紙が目を引くマンガ「二月の勝者」をご存知でしょうか。最大手に挑む学習塾を舞台とし、塾講師の心、刻一刻と移り変わる生徒の状況、そして保護者の事情など、中学受験の哀歓とリアルがこれでもかと描かれます。中学受験塾の経営をしている立場から「二月の勝者」についてご紹介します。結論からいうと、受験関係者・保護者のみなさま、必読です。

「二月の勝者」はこんなマンガ

「君達が合格できたのは、父親の『経済力』。そして、母親の『狂気』」

「ひっ」と怯むような、中学受験を応援する母親たちを敵に回すようなそんなセリフからスタートします。物語の舞台は「桜花ゼミナール」という最大手に立ち向かう準大手塾の一教室。「中学受験塾は教育業ではなくサービス業だ」と言い切る新任の教室長と、ピュアな心でそれに挑む新人女性講師が主役です。

教室長、黒木蔵人は作中の最大手進学塾フェニックス(サピックスがモデル)から桜花ゼミナールに移籍してきたという設定です。ミステリアスでポーカーフェイスながらどこか憎めないところがあり、作中にまだ明かされていない数々の謎が伏線として散りばめられています。黒木がフェニックスを辞めた理由や、塾講師をやっている理由、ストイックに結果にこだわる理由も今後明らかになっていくのでしょう。

一方、新人女性講師である佐倉麻衣は、かつて空手の指導をしている時に子どもたちと触れ合う楽しさを知り、桜花ゼミナールの門を叩きます。

ここが面白い!

リアリストの教室長とヒューマニストの新人講師

前述の黒木と佐倉のやりとりが非常に痛快です。結果を残し、塾としての成功を最優先に考える黒木と、子どもたちの心に寄り添う情熱派の佐倉が良いバランスを生み出しています。黒木だけでは幻滅するし、佐倉だけでは現実味がありません。この二人の絶妙な掛け合いが読者を惹きつけます。

普通に感動する

受験モノということで必ず作中の子どもたちは成長していくことになります。失敗や困難、葛藤がたくさん出てきて、それを乗り越えていく姿を応援していくような気持ちで感情移入しながら読めるのもいいですね。

個人的にはサピックス(作中ではフェニックス)に入った子がストレスを抱えてしまい、元の塾に戻ってくるシーンに感動。ホッとしたのと自分の生徒の様子に重ねたのとで涙がこぼれました。

サピックスは本当にすごい塾でそのシステムやスピードについていける子たちにとってみれば最強です。でも、子どもたちは本当に多種多様、十人十色、千差万別です。どの環境でその子の力が伸びるか、どの環境でその子が生き生きと学習を続けられるか、それを考えてあげるのが親や周囲の大人の役目だと思います。

ここがためになる!

  1. データが豊富
  2. 受験生のよくあるつまずきが描かれる
  3. 塾の事情が分かってしまう
  4. 親のあり方が分かる

中学受験を体験したことがある保護者の方やまさに只中にある方、塾関係者の皆様にとってみたら時に目を覆いたくなるような、そんな現実が描かれます。しかし、目を背けてはいけません。驚くほどの参考文献を元に、現場で長く受験指導に当たっている私から見てもツッコミどころがほとんどないほど、よく研究された内容となっています。

参考文献はこちら

すごい量ですね。また、いいセレクトをしています。特に西村則康さん・小川大介さん共著の「中学受験基本のキ」は保護者に寄り添ったいい中学受験本です。

データが豊富

「第一志望に受からないのは7割」

「首都圏一都三県受験者数およそ52,000。最難関東京男女御三家募集定員1,340人。御三家に受かる可能性2.58%。「憧れの難関校」くらいまで入れると10%弱」

など、散りばめられる数値は実際の入試のイメージを掴むのに十分。そしてそれを元に保護者に語りかけたり、進路指導をしていくのはまさに現場で行われていることです。調べれば分かることですが、なかなかそれを分かりやすく伝えることは難しい。でもマンガの力を借りればそれらはいとも簡単に伝わります。中学受験生を子に持つ保護者の味方と言える作品です。

受験生のよくあるつまずきが描かれる

「学校のテストではいつも満点だけど、塾の模擬試験を受けたら偏差値が40だった」「いつもおっとりしていて競争心があまりない。なんのために受験するか本人には自覚がない」「憧れの志望校に合格するために最大手へ転塾を考えて体験するもストレスでおかしくなる」「計算ミスの連発は問題数が多すぎることからくる焦り」など、こちらも実際によく見られる光景です。

受験生が何を考え、何に悩み、何につまずいて、何を大切にし、何に喜ぶか。それがこの作品に登場する一人一人の受験生から滲み出てきていて胸に迫ります。もし、我が子に似ている子が出てきたら応援せざるを得ませんね!(もちろんこんなにうまくいくわけがない…と思ってしまいますが。そこはマンガなので!)

塾の事情が分かってしまう

「お金をかけたものが圧倒的有利」

「課金ゲー? 面白いですね、その通りすぎて」

「塾講師は教育者ではなくサービス業ですよ」

「150万円。六年生の生徒が一年間に塾に落とす金額です」

「実は55から60の間は、言うなれば断絶した崖道」(偏差値の話)

塾のシステム、それこそ「課金ゲーム」だと言い切られるところとか、年間金額のところとか、「お客さん」のところとか、ヒヤヒヤしながら胸に手を当てて「うちは大丈夫かな?」とか思いながら読んでしまいました。しかしながら、「子どものため」というこれ以上ない大義名分を掲げ、少しずつ毟り取るようにお金が嵩んでいく中学受験のシステムは、やはりどこか行き過ぎているように思います。

せめて、年間の金額や料金システムを明快にすることが保護者のためと言えるでしょう。そこにもこの「二月の勝者」は切り込んでいます。

金額や料金システムを理解するためには前掲の「基本のキ」をお読みになると随分とクリアになると思いますし、下記のサイトでも大まかには分かります。マンガで解説されているものもあるので、それも参考になるかと思います。

(参照:プレジデントオンライン「中学受験――「塾代」年間費用はいくら?」)

親のあり方が分かる

黒木と佐倉のやりとりも面白いですが、やはりというか必然的に中心は親子の受験ストーリーになっていきます。夫婦で意見が分かれている家庭、家ではスマホゲームばかりやっている父親。そして、最難関校に合格するために転塾を考える女子生徒、性格がおっとりしていて受験をやめようとしている電車好きの男子生徒。。。それはそれは現実的です。そんな状況で親はどう振る舞えばいいのか、どう接すればいいのか、どう塾と関わっていけばいいのか、そのヒントが散りばめられています。

第3巻では志望校の選び方についてのヒントも分かりやすく提示されています。当たり前と言えば当たり前のことばかりですが、保護者の方が志望校を考える視点を面白く簡潔に教えてくれる秀逸な場面でもあります。

ともすれば盲目的になりがちな中学受験を目指す家庭の保護者の皆さんに、少しだけ受験を客観的に見るきっかけを与えてくれることになるかもしれません。

中学受験のドラマを描き続けてほしい!

まずは小6の一シーズンが終わるところまでが一区切りだと思いますが、第2巻の時点ではまだ三月。続く第3巻は10月に発売になりました。受験の天王山、夏期講習は第4巻に持ち越し! まだまだ先の展開は読めませんが、桜花ゼミナールの生徒たちの成功を祈らずにはいられません。

子どもの数だけ受験にはストーリーがあります。このマンガのすごいところは、目立つ生徒、逆に問題を起こす生徒だけにスポットライトを当てるのではなく、黙々と塾に通っているような生徒もちゃんと取り上げてくれているところです。第3巻でまた注目すべき生徒が増えました。

受験塾のいいところはそんな一人ひとりの生徒たちのドラマに寄り添い、伴走してあげられることです。どんな受験もその生徒たちにとってみれば、100%の自分事。それをたくさん、可能な限り、この先も描き続けてほしい。「二月の勝者の中の誰か」が自分自身や我が子に近いと感じれば、その子の成長を読者も喜ぶことができるはずです。

中学受験に挑む家庭の拠り所となれる作品です。また、中学受験について知りたい方にとってその入門書としても十分な役割を果たします。マンガであるがゆえに少々誇張されている部分もありますが、その分は差し引いて読んでくださいね。

取材や事前準備等、非常に大変だとは思いますが、この先の一人ひとりの受験に向けてのドラマを描き続けて欲しいと教育従事者として切に願う次第です。

おわりに

強い塾に入れば誰でも強くなれるわけではない。でも学びへの意欲と言う強い武器を手に入れれば、強敵をどんどん倒し、高い壁を乗り越えていけます。主人公、黒木蔵人は現実主義者っぽくて少々怖いですが、きっとこのマンガはその勇気を与えてくれる珠玉の作品となることでしょう。

受験で悩んでいる保護者の皆さん、悩みを解決する糸口がこのマンガの中にあるかもしれません。今、いる塾が、今やっていることが全てではありません。そして、塾が言っていること(洗脳?)の裏側が垣間見えるはずです。視野を広く持ったり、気持ちが少し楽になったりするきっかけが見つけられる可能性もありますよ。是非、読んでみてください。幸い、マンガです。気楽に読めます。

続きを読みたい、という皆さんの気持ちが作者に伝われば、より長く続く熱いシリーズになるはずです。

まずは第3巻まで。ためになる、ならないは横に置いておいても普通に面白い漫画です。