受験を超えて

鎌倉の進学塾 塾長が考える、受験と国語とその先のこと- Junya Nakamoto -


国語:神奈川県高校入試対策テキストの《通知表》2019

2018.10.27


長らく神奈川県の入試をサポートしてきた対策教材「県トレ」「Exceed」、知る人ぞ知る「Get through」に加えて、全国展開する巨大教材会社『育伸社』が「極める神奈川」を今年度から発刊することになりました。「で、どれがいいの?」という空耳に応えて分析してみましたので誰得記事を公開します。

はじめに

そもそも入試対策教材、通称「県版」とは何なのかというと、各県の入試傾向を研究・研究し、一問一問を解くための粋を集めた塾専用テキストです。市販されている「入試直前! まとめ問題集」的なものとは段違いのクオリティですね。各大手塾でもこぞって採用しており、各県受験生の入試対策に欠かせない存在となっています。(どうやら神奈川は県版の先駆けのようです)

もちろん、これらの教材をこなしておけば完璧という訳ではありませんが、掲載されている問題を繰り返し理解することで、中位から上位校までならクリアできるレベルに到達します。残念ながら市販はされていませんのでどれだけ本屋を探しても見つかりませんし、amazonにもありません。

ただ、最近はメルカリやヤフオクなどでも買えるみたいですし(いいのかな? 販売して…)、塾なし受験の方、希望を捨ててはいけません。また、塾に通っていても本当にうちの塾のテキストで大丈夫か? と疑っている方、他の県版テキストに触れてみるといいでしょう。何とか入手できることを願っています。同業の個人塾の先生方、お力になれれば幸いです。大手塾の中の人、見ないでください。

まず、比較対象のテキスト四つを簡単に紹介した後、掲載単元ごとに比較します。比較ポイントは、「問題自体の質」と「入試対応度」です。その他項目を加えた総合点は最後に発表します。それでは参りましょう。

教育開発出版「県トレ」

塾業界を全国レベルで支える塾教材最大手、教育開発出版が発刊するテキスト。神奈川県の入試対策を長らく支えてきた「県入試トレーニング」略して県トレ。「まずは県トレ」が入試対策の合言葉となっている定番中の定番です。2019年度入試に向けて(「極める神奈川」の発刊を受けて)、改訂されているので期待が膨らみます。

ブロッサム横浜「exceed」

後発ながらフットワークの軽さと取り扱う教材の多さで着実に支持を広げているブロッサム横浜が提供する、自社オリジナルの県版テキスト。荒削りながら随所に光る作問があり、不思議な魅力を放つ教材です。今年度は改訂なし。

開成図書出版「Get through」

ブロッサムよりも新しい2005年設立の教材会社です。ブロッサムと競合しながら幅広い教材を取り扱いつつ、塾屋を唸らせる「理科500」のようなクリーンヒット教材を自社作成する力のある会社です。2017年度新版発刊の「Get through」は他と一線を画する構成となっています。今年度は改訂なしです。

育伸社「極める神奈川」

塾教材Siriusがあまりに有名で全国展開している育伸社が、最後発で県版テキストに参入してきました。安定感と質の高さは他の教材ですでに実証済みですが、県版タイトルは極めてセンスのない「極める神奈川」。果たして中身のセンスはどうなのでしょうか。

第1章 漢字

2017年度入試からマークシート導入に伴い、漢字の「書き」が消え、適する漢字を選ぶようになりました。読めるだけでは選べないので、書く力をつけながら選択式問題に対応していく必要があります。書く力のトレーニングも積んでおきましょう。(公立入試で得点するためであれば、漢字の細部にこだわる必要はありません)

各社とも巻頭に漢字を掲載。量はGet throughが圧倒的ですが、質で考えると極める神奈川に軍配。exceedは読み書きともにいい問題をセレクトしていますが、如何せん入試対応ということを考えると選択式問題がないのはいただけません。県トレは悪くないですが、問題数が少ないかな、と。

いずれにしても県版に載っている問題を解くだけで漢字はOKということはないので、練習帳を買うなどして一日5分で良いのでコツコツとやっていきましょう。漢字の配点は「読み・書き(記号選択)」合わせて16点で意外と大きいので落としたくありません。一応、オススメの市販教材はこれです。

第2章 文法

過去5年間は以下の通り「付属語の識別」についての問題が出題されています。

  • 2018年度「られる」の識別
  • 2017年度「と」の識別
  • 2016年度「に」の識別
  • 2015年度「で」の識別
  • 2014年度「の」の識別

基本的には「まぎらわしい語の識別」というタイプの問題で練習していくことになり、助詞・助動詞の基本をおさえておくと良いでしょう。かつては敬語問題も出題されていたので、他の問題が出る可能性も0ではありません。

付属語の練習という点では県トレ極める神奈川が良さそうです。get throughexceedは他の品詞の識別問題や敬語の問題も掲載されていますが、ここの幅を広げていくと理解に時間を取られることになります。入試対応という点では県トレ極める神奈川を推しておきます。

ただ、全国的には動詞の活用形・活用の種類等の問題も出題されていますし、5年続いた付属語の問題に変化をつけてくる可能性も十分に考えられます。自分で文法を学ぶ場合、もしくは塾の先生の授業が下手すぎる場合は、執筆陣が素晴らしいこちらの参考書が最強です。(ちょっと高いし、文法以外の内容も多い)

第3章 短歌俳句

ここのところ毎年出題されている短歌・俳句の問題。一首および一句があり、その解説文として適切なものを選ぶという問題です。全国のどこを見ても類似問題がないため、ぜひ教材会社さんに頑張っていただきたいところです。

テキストには他の形式での短歌俳句問題はいくつか載っているのですが、易しすぎたり問題の意図が変わってしまったりしていて使えません。したがって、上の表での問題数のカウントは神奈川県の入試形式の問題数としています。

ここは極める神奈川、一択です。問いも選択肢もいいですし、解説もまずまず。授業でも教えがいがあります。前述した通り全国的に見ても類題がないので、貴重です。12題やって解説と照らし合わせてという学習を続ければつかめてくるものもあるはずです。

短歌俳句についてはこれまでも全然使えなかった他社県版テキスト。今年改訂した県トレに淡い期待を寄せていましたが裏切られる結果に。やはり巨大教材会社といえども全国のどこかの入試を真似て作るわけで、類題がない問題は作れない、と。裏が透けて見えて残念です。その分、極める神奈川の努力が光って見えます。

第4章 小説文

続いて小説文。対策テキストの肝は文章題だと思いますので、ここからが各社腕の見せ所でしょう。まず、前提条件として全国NO.1と言われる神奈川県入試の小説文の長さに触れておきます。

  • 2018年度入試 5200字
  • 2018年度追検査 5100字

高校入試小説文は一般的に2000字〜3000字ですし、大学入試センター試験における小説文の文字数が4500字〜4800字であることを考えると、神奈川県の2018年度入試の長さは異常です。そのため、全国的に類題を探しても見つかりません。この文字数の問題を15分前後で解くため、読むスピードが相当必要になってきますね。

というわけで入試対応という点ではどのテキストも長さで不満が残ります。出典作品や文字数、問題数、問題の質から判断すると極める神奈川県トレexceedget throughという序列になります。ただ、極める神奈川も選択肢の正解に疑問符がつくものがある点、情景を読み取る問題(2018年度出題)が一問もない点、部活青春ものに偏っている点でマイナスです。県トレは全体的に易しすぎますね。小川洋子や三浦綾子あたりは良いセレクトですが、今年改訂で追加されたのが佐藤多佳子では研究不足(手抜き)と言わざるを得ません。佐藤多佳子の小説は素晴らしいのですが、少なくとも2018年度の入試分析を経て入試問題の意図を汲んで追加するテクストではありません。

exceedは順番が意図不明です。一番最初に一番いい問題が来て、そこから尻すぼみ。長さの不揃い感も半端なく大トリは乙武洋匡「五体不満足」。これを入試対策テキストに載せてくるセンスに問題がありますね。そもそも小説じゃないし。get throughは設問の質が低くワンパターン。本質的な作問ができておらず、形式に囚われすぎている印象です。

各テキストの掲載文と文字数は以下の通り。表が多くてすみません。(かっこいい載せ方が分からない)

極める神奈川は圧倒的に文字数が揃っていて「ねらい」が伝わりますね。get throughの出典は割と好きですが作問が嫌いです。

第5章 説明的文章

次は説明文です。ここは各社とも比較的良問が揃っていると感じました。類題がいくらでもあるからですね。2018年度の説明文は本試験、追検査ともに3400字の文章が出題されていて、これも全国的に見ると長い部類に入ります。テーマも「哲学」や「幸福と希望」で馴染みが薄く捉えにくい文章が採択されていました。

文字数(長さ)・文章のセレクト・設問・選択肢の質・最新入試傾向の反映、全てにおいて極める神奈川が他を圧倒しています。元々、育伸社は説明的文章の扱いには定評があって、良い問題を作るわけですが、その力を遺憾無く発揮した形です。文章もトレンドをおさえた良いセレクトですし、このボリュームの文章題が8題あるのは素晴らしい。解くのも一苦労でした。唯一欠点があるとすれば、記述問題の指定文字数の多さです。昨今のマークシート化の流れから記述問題が次年度以降、ほぼ姿を消していくことは明白なのでそこが玉に瑕です。

get throughは前半の問題がいただけない内容です。易しすぎますし、選択肢も短く歯応えがありません。社会学・社会問題系が入試では多く扱われるので、「街並みの美学」やラストの「人間関係」の問題などは解く価値がある内容です。後半の問題はいいですね。ただ、行間が狭く見た目やフォーマットがよろしくありません。これは改善していただきたい点です。

県トレは問題数が少ないのが難点。1問目は例題風であって無いようなもので実質4題。これでは入試対策になりません。国語以外の他教科は今回の改訂でかなり頑張っているようなので、国語科担当のチームは何とかパイオニアの矜持を見せてほしいですね。

exceedは全体的に今ひとつ。文章の文字数も少ないですし、選択肢も短い。神奈川県の入試を果たして意識しているのか、という出題が続きます。逆説的に「脱パターン」を狙っているのかと思えるほど入試とかけ離れている内容です。二題目の「日本語の年輪」は唯一使える問題ですね。

各テキストの掲載文と文字数は以下の通り。

第6章 古文

神奈川は古文も全国有数の長さと難易度を誇ります。細かな文語文法についての理解は不要ですが、他県のおまけ程度の古文とは違い、しっかり読ませて内容理解を問う設問が並びます。ある程度の古文単語の理解とともに、長めの古文をたくさん読み慣れておくと良いでしょう。まずは、過去の入試問題の出題を振り返ってみます。

  • 2018年度(本試験)「続古事談」 鎌倉時代
  • 2018年度(追検査)「身の鏡」 江戸時代
  • 2017年度 「北越雪譜」 江戸時代
  • 2016年度 「撰集抄」 鎌倉時代
  • 2015年度 「堪忍記」 江戸時代
  • 2014年度 「太平記」 室町時代

一昔前は鎌倉時代・平安時代の作品が多かった印象ですが、近年は江戸時代の作品も多く見受けられますね。

古文分野でも極める神奈川がリード。長さも設問も良い感じ。<基礎を確認しよう>のコーナーも新しさがあって学びやすいし教えやすい。敬語や「な〜そ」「え〜ず」「いか〜」などの現代語訳で押さえておきたいポイントにもしっかり触れており、よく考えて作られた問題です。惜しむらくは4題しか掲載されていないことと、ちょっと難易度が高すぎるかもしれない点。1問目から多くの受験生は面食らうでしょう。もう少しなだらかにスタートし、問題数が8題あれば文句なしの評価5でしたね。

県トレ極める神奈川よりも易しめのラインで攻めてきました。ただ、もう10年近く使っている化石のような問題が載っていたり、類似問題が多かったりと作り込みには難あり。古文は大学入試も含めてたくさん入試問題のストックがあるはずですので、もう少し工夫が欲しいところです。選択肢の短さもマイナスポイント。

get throughは古文に関しては行間が広くて読みやすくなっています。ただ、出典が定番すぎて面白みがありません。どこかで見たことがある問題、というセレクトになっており、最終盤で取り組むには適しません。難易度も低めですね。神奈川県の入試問題は他県とかぶらないような、ちょっとマニアックなところから出題してきますので、メジャーどころ以外の問題も掲載してほしいものです。

exceedの出題は基本的に定番どころをおさえていますが、長さや設問のレベル設定がまちまちで扱いづらいものになっています。設問にも工夫や意図が足りませんし、残念ながら入試対策の授業で使用できるクオリティにありません。

各テキストの出典と時代区分は以下の通り。

第7章 資料読み取り記述

資料読み取り記述問題は2017年度入試までほぼ同形式で、話し合っている四人の中学生の内容をうまく拾っていけば答えになる形が続いていました。資料の読み取りと言うよりも要約に近い問題でしたね。選択問題が一題、記述問題が一題という構成でした。記述量の変遷は以下の通り。

  • 2018年度 25~35字(追検査)
  • 2018年度 20~30字(本試験)
  • 2017年度 65~75字
  • 2016年度 75~85字
  • 2015年度 70~80字
  • 2014年度 70~80字

6年前の新入試開始の時はやたらと書かせる傾向がありましたが、2018年度で20~30字と急激に減ってきました。要約的要素が減り、対話のポイントを絞って言い換えていく形に変わっています。各教材はこの変化とその意図するところをどこまで反映できているのでしょうか。

結論から言うとどこも駄目です。物足りません。get throughは8題ありますが、どれも形式が古すぎますし、要約問題に終始。exceedはやたらと記述量が多いので手間がかかる割に得られるものが僅かです。

県トレは今年改訂にも関わらず、6年前の記述二題パターンを未だに掲載しています。新しい形式に表面上は合わせてきている問題もありますが、本質はずれています。極める神奈川も同様です。話し合いパートの長さには誠意を感じますので、掲載されている問題は”比較的”良いですが、合計三題は少なすぎます。対策に使える問題は極める神奈川の1題目と県トレの5題目だけでしょうか。

総合結果。国語の入試対策で最もオススメの教材はこれだ!

5段階絶対評価です。(来年度改訂があっても使えるように)

  • 「5」:バッチリ。積極的に使いたい
  • 「4」:惜しい。ちょっと変えれば最高
  • 「3」:可もあり不可もあり
  • 「2」:欠点が目立つ。使いたくない
  • 「1」:もはや使えない

育伸社「極める神奈川」の圧勝となりました。育伸社の回し者のような評価結果となりましたが、客観性を全力で保ちながら採点しました。県トレが次点ですね。零細個人塾としてみれば、親近感のあるブロッサム(exceed)・開成図書出版(get through)の二社には頑張ってほしかったのですが、残念ながら歯が立たないという結果となりました。奮起を期待しています。

極める神奈川」は育伸社の横浜営業所にとって悲願のテキストです。社運ならぬ「所運」を賭けたテキストということで、国語に関してはかなり気合いの入った出来栄えです。小説文・説明文で長文8題はかなり重めで解き応えもあります。もっとも「国語」では圧勝ですが、他科目については違う結果になるようです。(英語とか社会とかは県トレがいいらしい)

それにしても極める神奈川を除く各社で気になるのが「ツギハギ」感です。対策教材の性質上仕方ないのかもしれませんが、改訂の度に数問ずつ入れ替えた結果、通して解いてみると異様なまでの違和感があります。流行に合わせてリフォームを繰り返したら超住みづらい家になった、という感覚に近いでしょうか。開発サイドにいるとなかなかこの「目」がなくなると思うので、マーケットインで是非現場の目を積極的に通してほしいですね。

また、分析して分かってしまったことは、教材会社の仕組みです。全国の入試問題で過去に出題されたことがある問題、類題があるものについては各教材会社ともそれを転用して、神奈川用にカスタマイズすることはできています。しかし、神奈川独自の形式、これまで他県・他入試では使われていないパターンとなると途端に弱くなり、問題の量が減り、質が落ちることです。模倣は得意でも創造が苦手というよくある問題点がここでも露呈されていますね。

以上、散々貶めておきながら最後に上辺を取り繕うようですが、教材会社の皆様あっての我々の塾経営でございます。今回の分析が次期教材開発に些少なりともご参考になれば幸いです。いつも素晴らしい教材とご提案をありがとうございます。

ここまで厳しく評価させていただいたのは、ひとえにより良い教材が開発されて、授業や学習の助けになればという思いからです。今までの教材作りの常識を覆せば、もっといいものができるはずです。例えば、解答時間の目安を入れる、難易度設定を入れる、などの構成面での工夫は簡単に思いつきます。各問題の正答率と解答時間の目安を信頼できる塾から吸い上げ、教えてくれた塾には次年度の教材を半額提供するなど、色々とやり方はあるでしょう。

改良に向けて各塾とディスカッションをしてみるとかも面白いですね。塾として教材を作ることは難しいですが、教材会社さんとタイアップすることはお互いにとってもメリットがあるはずです。(フットワークの軽そうなブロッサムさん、お待ちしてますよ)

おわりに

県版の入試対策教材は入試における未知の領域を減らしていくことにつながります。こういう時はこうする、こういう問題が出たらこう考える、というのを徹底できるからです。過去の経験や学習の「焼き直し」を入試で発揮できます。

しかし、入試自体が大きく動き始めています。対策されてきた問題を出題しない、今まで見たことない問題を出題する、という方針をどこの県も取り入れています。思考力・判断力が問われることとなり、それまで受験勉強で解いてきた問題よりも、本番の入試問題が一番難しいという経験をすることが増えてきているのではないでしょうか。

基礎・基本の徹底をした上で、今一度我々塾人も授業、そして生徒と共に取り組んでいくことの質・内容を問い直す時がきていると思います。県版で基本を押さえてから、様々な問題に触れて生徒と共に考え、思考を深めていくという授業ができれば、「教え込む」「叩き込む」という指導から脱却できるのではないでしょうか。

長々と誰得記事を書いてきましたが、結局自分が県教材に詳しくなれたので我得でした。そして、なぜだか4冊に愛着が湧きました。酷評してごめんね。改めて使い道を探っていこうと思います。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。