受験を超えて

鎌倉の進学塾 塾長が考える、受験と国語とその先のこと- Junya Nakamoto -


比類なき次代のSFエンタテイメント『人類滅亡小説』(山田宗樹) レビュー 

2018.10.07


夢中で一気読みした山田宗樹『人類滅亡小説』のブックレビューです。山田宗樹といえば「嫌われ松子の一生」の映画&ドラマで有名ですが、数年ほど前に読んで衝撃的に面白かった『百年法』に比肩するほどの傑作SFエンタテイメントです。425ページの大作ですが、スピード感に満ちていて最後まで読者を惹きつけます。

なるべくネタバレしないように魅力を伝えて紹介していきたいと思います。

どんな小説か

一言で言えば、自然環境が激変して人類が滅亡に至る小説です。地球環境の変化によって雲の中の微生物が大量発生して、周囲の酸素を吸収し二酸化炭素を生成。コロニー雲と呼ばれるその雲が、時折下降気流や重さで地表に落下してきて急激な酸欠状態になりその場で巻き込まれた人類は死に至ることに。人智をもってしても(AIをもってしても)メカニズムは解明できず有効な対策は打てません。人類が選んだ道は種の存続のためにいかにこの劣悪な状況を避けるかという選択だった、というのが大雑把なあらすじです。

核兵器の脅威や異常気象は現実的で、もはや人類の滅亡は軽々しくフィクションとして語れるものではなくなっているのかもしれません。終末のその時、人々は何を考えどう行動するのか、「死」について、守るべきものについて沈思黙考を促す小説です。あのスピルバーグの駄作「宇宙戦争」を彷彿とさせる、ややお手上げ感満載の世界の終わりが、人々の繋がりや一縷の望みを紡いでいく糸の強さを引き立てています。映画や小説で使い古されている「人類滅亡」というテーマに敢えてチャレンジし、新しい面白さを提供しようとする作者のチャレンジ精神には脱帽です。

何が面白いか

「そっかあ」晴れ晴れとした笑顔で赤い雲を見上げる。「人類、滅亡しちゃうんだ」

冒頭のインパクトあるこの言葉。あまりにも軽く放たれたこの言葉には現実味がありませんが、妙な重みをもって脳裏からしばらく抜けません。そして、この言葉に誘われるように「人類滅亡」の物語の海を漕ぎ始めることになります。

ページをめくる度にに不安が増殖していく憂いや、終わりが確実に近づいてくる焦りが怖さを引き立てます。それはもう背筋がゾワゾワする恐怖です。上空で細菌が増え続ける不安感を読者も共有していくことになり、その迫り来る危惧への引き込み方が絶妙です。人物関係の変遷や世紀末っぽい宗教の誕生、いっそのこと潔い終末を望む者の登場などSFらしさも満載で楽しめます。新興宗教の気味悪さは角田光代「八日目の蝉」をなんだか思い出しましたね。

長編ではありますが、展開の速さが印象的です。導入はもう少し長く丁寧に始まるのかと思いきや、割と早い段階で被害者が出始めます。感情移入をしかけた主人公級の登場人物があっさりと死んでいくのは喪失感があり虚しくもあります。その寂しさを次の主人公に託していく「希望の襷リレー」に読者は縋り、次なる展開を待つことに。追い詰められた人類はどの方向に進むのか模索していきます。文字から登場人物たちの苦しみの叫びが聞こえてきて本を手放すことができません。

絶望を描き希望を読ませる

人が死にます。死に続けます。でも、これだけ人が死んでいっても「死」は当たり前ではない、喪失であり哀哭であり絶望でしかない、ということが出て伝わってくる筆致は見事です。どんな悲劇の渦中にあったとしても死は何も解決してくれず、生こそが灯火であることを改めて私たちに知らしめてくれる小説です。

書いていないことを読むのが小説であるならば、絶望ばかり描かれるこの小説は反面、希望を浮き立たせるものであると言えるでしょう。終末を迎える地球においても命を授かり子を産むという選択をする人たちがいます。その葛藤、未来を信じたいという想いは本作における紛うことなき希望でした。

「新しい命をこの世界に誕生させるという仕事をしたかった」

また、「正義」についての考察も大変興味深いものでした。

「人間は、自分が正義と信じるもののために命を投げ出したり、だれかを殺したりすらできる。正義が引き金になって、虐殺など最悪の結果を招くこともある。歴史を振り返れば、そんな例には事欠かない」

「正義は、水みたいなもので、入れる容器によってどんな形にでもなるし、混ぜるものによってどんな色にもなる。生きるためには必要だけど、一滴垂らせば、たちまち死を招くものに変わる。(中略)ある人にとっては正義であるものが、ほかの人にとっては悪になることも少なくない」

「正義とは、ある人たちにとっての、ある時代、ある場所に限定された、最優先事項のようなものに過ぎないんじゃないかな」

少々残念だったところ

今作のテーマからすると次から次へとトラブルを起こし続けなくてはならず、徐々にトラブルのアイデアが枯渇していく印象を中盤でやや感じました。

また一人称と第三者視点が入れ替わり出てくる部分もあり、人物特定に苦しむところもあるかもしれません。登場人物もかなり多いですしね。

章が変わると20年も時が経っていたりします。ちょっと展開早すぎ? とも何回か思いました。

物事を円滑に進めるための「ご都合主義」(夢、叶えすぎ)も多少ありましたが、そこはSFエンタテイメントなので目をつぶろうかと思います。

ラストシーン(ネタバレなし)

ラストシーンについて触れるのは野暮すぎるのでもちろん触れませんが、ラストにかけてページを捲る手が止まらないことだけは記しておきます。残り100ページを切ってからは結果を知らずに本を閉じることは不可能です。人類が残そうとしたもの、そしてその結末。気になって仕方がなく、終盤にかけて読むペースがぐんぐん上がりました。

葛藤、迷い、希望、絶望、絆。綯い交ぜになった数々の物語と想いがラストで流れ込んできて、涙が溢れてきました。それはこの息苦しい物語を読み切った達成感も少なからずあるとは思いますが、人間の弱さが多く描かれたこの小説において、本当に最後の最後から人類という種の「強さ」を感じたからかもしれません。

破壊的な衝動でこの本を手に取るよりも、何かに縋りたい、モヤモヤした気持ちを抱えている人におすすめです。モヤモヤはそう簡単に晴れません、でもそれでいいはずです。今、生きているそのことが希望であるということに気づけるはずですから。

最後に

楽しい読書をありがとうございました。作者に感謝です。

『人類滅亡小説』も秀作ですが、さらに長編である『百年法』は現代や少し先の未来に対する示唆に富んでいます。5G通信が実現し、AI遺伝子医療により人類の寿命が飛躍的に伸びることも考えられる中で「死なない」未来がやってくる可能性は大いにあります。その時人類はどのような方法を取るのかという問いかけが『百年法』の中では壮大に行われます。すでに文庫化もされていますので、まだお読みでない方はぜひ。特に小説の楽しさ・没入感に飢えている方に超おすすめです。先生方、授業のネタにもなりますので秋の夜長にポチってみては?