受験を超えて

鎌倉の進学塾 塾長が考える、受験と国語とその先のこと- Junya Nakamoto -


ブックレビュー 恩田陸「蜜蜂と遠雷」

2017.04.10


面白い本に出会ったので、今回はブックレビューにします。
直木賞受賞作、恩田陸「蜜蜂と遠雷」です。

本のあらすじは公式ページから引用します。

3年ごとに開催される芳ヶ江国際ピアノコンクール。
「芳ヶ江を制した者は世界最高峰のS国際ピアノコンクールで優勝する」ジンクスがあり近年、覇者である新たな才能の出現は音楽界の事件となっていた——。

自宅にピアノを持たない少年・風間塵16歳。
天才少女としてCDデビューもしながらも、母の突然の死去以ピアノが弾けなくなった栄伝亜夜20歳。
音大出身だが今は楽器店勤務のサラリーマン 高島明石28歳。

完璧な優勝候補と目される名門ジュリアード音楽院のマサル・C・レヴィ=アナトール19歳。

彼ら4人をはじめとする数多の天才たちが繰り広げる競争という名の自らとの闘い。
第1次から3次予選そして本選を勝ち抜き優勝するのは誰なのか?


(画像:蜜蜂と遠雷 公式サイトより)

読後の第一感想は、「うまいなぁ」です。小説の性質上、各コンテスタント(演奏者)に対する褒め言葉ばかりが並ぶわけですが、その褒め言葉のレパートリーが大変豊かでした。しかし、それらの言葉は難解過ぎません。「すごい、うまい、素晴らしい、美しい、、、」自分たちが普段使っている賞賛の言葉のあまりの貧弱さに気付かされます。私自身この小説を読み終えた感想が「うまいなぁ」であり、お恥ずかしいですが。

音楽を言葉で、また文章で表現することは難しく、それを恩田陸は巧みで多岐にわたる表現と、時には情景描写や会話のような形で具現化しています。言葉を操ることと音を操ることの親和性をこれでもかと感じる作品でした。作中には音楽と数学の親和性について触れられていましたが、それもまた真理なのでしょう。そう考えると音楽が持つ可能性と万能性を感じざるを得ません。これまで数多の作品が音楽と物語の融合に失敗して来ていますが、この作品の完成度は秀逸です。

恩田陸というある程度、評価も文体も固まっている作家が、改めて直木賞を受賞したことに意味があると感じていて、「構想12年、取材11年、執筆7年」という驚きの力の入れようから期待を込めて読み始めました。期待を裏切らない、むしろポジティブな意味で裏切られた作品となりました。

507ページの大作(ハードカバー時。文庫は上巻454p/下巻508p)。コンクールの三日間の出来事を描いてるだけでこの分厚さか、と思ったものですが、テンポは良く飽きが来ません。いつの間にか没入していて、ページをめくる手が止まりませんでした。必要以上にもったいぶらないのも好印象。大抵この手のコンクールものやスポーツものは、山場が「来るぞ来るぞー」という感じになって辟易しますが、スッと見せ場が来て、スッと始まり、スッと終わる。

登場人物が演奏中に涙を流すシーンでこちらも涙腺が緩みます。キャラクターがしっかりしていて、楽しめました。外見的な印象がもう少し欲しかったかなと思いますが。脇役もいい味を出しています。ほとんどセリフはありませんが、「ステージマスター」や「調律師」の一言や渋い存在感が彩りを添えます。複数の視点が目まぐるしく行き来しますが、ストレスを感じることはなく、複数の主観を読むことで作品への没入感が際立ったように思います。

YouTubeやApplemusicで作中の曲を流しながら読むのが最高でした。そんな新しい読書の楽しみ方も出来た一冊。ラフマニノフとかラヴェルとか、小説の解釈に合わせて聞くと新鮮さがありました。一昔前だったら、曲を探すのも大変でしたよね。と思っていたら、小説のコンピレーションアルバムが発売されるとのこと。なんと。
CD発売されたら二回目読もうと思います。

ラストについては、恩田陸作品で何度か味わった「残念なもの」ではありませんでした。「それもアリかな」という感じです笑。触れたいことはありますが、これから読まれる方のために伏せておきます。

揚げ足をとることは簡単なのでしょう。天才性やフィクション的要素が強すぎるとか、ピアノをなめるなとか、淡々としすぎているとか…。

しかし、読書(特に小説)は批判をするためにするものではなく、楽しむためにするものだと考えると、この小説はエンターテイメントの要素がふんだんに盛り込まれており、十分に満足が出来るものです。小説はあくまでフィクションであり、リアリティばかりを追うものでもないと思います。恩田陸レベルになると、その辺の境も意識して書いているように思えます。

ともすれば、目的のための読書となっていた最近でしたが、本を読むことの楽しみ、活字の可能性を感じさせてくれた一冊となりました。持ち運びはきついですが、この小説の持つ重みを考えれば軽いものです(なんのことやら)。kindle版もあります笑。

読書を通じて、ストーリーを紡ぐことの魅力を感じ、客観的な複数の視点の獲得し、「言い換え」を含めた豊かな言葉の表現・語彙力を高めていってほしいと思います。よく語られる「国語力を高めるには読書を」ということの意味はそこにあります。逆手に取れば、「ただ読んでいるだけ」や「偏りすぎた読書」は、エンターテイメントとしては良いですが、国語力の向上につながるかというとそうではありません。

「言葉の美しさ良質さ」を体感したければ、古典と言われる夏目漱石や芥川龍之介はもちろんのこと、現代小説では恩田陸や瀬尾まい子(読みやすい)、小川洋子や川上弘美(やや文学より)などの読書を通じてストーリーと言葉について考えるきっかけが生まれれば、そのこと自体が国語です。