受験を超えて

鎌倉の進学塾 塾長が考える、受験と国語とその先のこと- Junya Nakamoto -


出逢いたいのは”人”! 湘南学園ESD入試は未来の入試たり得るか

2018.12.18


適性検査型入試、21世紀型入試、英語入試……。今、中学受験は大きく変わろうとしています。従来型の四教科の入試だけでなく、解法やアイデアをその場でひねり出すような問題を各校が工夫して出題しています。その中でもひときわ異彩を放つのが、2019年度入試から動画提出を含む論述試験を実施する湘南学園(藤沢市鵠沼)です。湘南学園ESD入試と銘打ったこの新入試のねらいと特徴について、仕掛人でもある山田教諭、小林教諭を直撃しました。

湘南学園の未来を背負う両人に学園の現状とこれからについても相当斬り込んで語っていただきました。(記事にして大丈夫か、という不安はありましたが驚くことに学校公認です笑)

湘南学園とは

中学部が開設されてから70年を超える伝統私立校である湘南学園。藤沢市鵠沼の閑静な住宅街に校舎を構える湘南学園中学校高等学校は、「社会の進歩に貢献できる、明朗有為な実力のある人間の育成」を教育目標とし、アットホームな落ち着いた環境の中で居心地の良い6年間を過ごすことができる学校です。ここにきて取り組みを強めている湘南学園ESD(education for sustainable development「持続可能な発展のための教育」)は今後の湘南学園が目指す教育を具現化したものです。

2018年12月にようやくホームページも新しくなりました。ぜひご覧ください。トップページの動画は卒業生の制作とのことです。(湘南学園中学校高等学校

保護者と共に学校を作る運営形態

──軽めに「学校法人湘南学園」の紹介していただいてもいいですか。他との違い、パンフレットやwebからでは分からないことなどを。

山田先生:経営の形が特殊で保護者の方達も学校を作る側にいます。理事会の半分以上が「保護者理事」を務めていて、理事長も保護者です。学校の新しい取り組みや運営方針なども基本的に教員会議や理事会で話し合って決めています。

「1」を大事にしている学校

──個人的には「あたたかさ」が湘南学園の良さの一つだと思っていますが、現場から見た湘南学園の良さはどこだと実感していますか。

山田先生:その子の良さを潰さないということに関してはかなり意識をしていると思います。個性に寄り添って「1人」を大事にしようという想いは年々強まっています。「我が子のいい部分を伸ばしてもらいたい」というニーズに対しては環境が整っていると思いますよ。

小林先生:一人ひとりが自分のストーリー、物語を作りやすい学校です。進学実績に出てくるのは数じゃなくて人。在校生の分だけ物語があるし、未来へつなぐストーリーがそこにあって、それを一緒になって作り上げてくれる学校ですね。伴走してくれる人もたくさんいます。

国語科 山田美奈都先生

木下新校長は”超”がつく人格者

──「ついに」という印象ではありますが、この四月から就任された木下校長はどのような方でしょうか。

小林先生:現場で頑張っている人を全力支援してくれる人。可能性があったり、未来が見えたり、光があるときは「やってみよう」と言ってくれる校長です。現場としては非常にやりやすいです。

山田先生:木下先生は本当に「いい人」。安心して働けます。理不尽なことを言っているところを見たことがありません。どんな生徒に対しても一人の人間として敬意を払って真摯に向き合っている姿はただただすごいな、と。

小林先生:そして、子どもを絶対傷つけないですね。子どもに限らず、教員たち含めて誰も傷つけません。

──木下先生やお二人、学園長、佐伯広報主任含めて存じ上げている先生方は本当に「いい人」しかいないんですが、先生間の雰囲気はどんな感じなのでしょうか。

山田先生:年配の方がすごく謙虚なんで教員間の空気がいつも柔らかいですね。上の人から押さえつけられている感じは全くありません。年齢関係なく「こういうことがやりたい」とアイデアを出した人を応援しようとか乗っかっていこうという雰囲気があるのはありがたいですね。

小林先生:誰もサボっていませんね。上手くいくことも上手くいかないこともあるのですが、生徒を育て学校を良くするためにみんなが真剣です。あとは、気持ちよく旗を振ってくれる人(やりたいことを示して導いてくれる人)がいると、その人に対してすごく協力的です。先生同士の関係がすごくフラットです。嘘みたいに「いい人」ばかりです。

情報科 小林勇輔先生

魅力を伝えきれていない歯がゆさがある

──湘南学園の良さをもっといろんな人に知ってもらいたいと思っているんですが、良さの伝え方という点で何か考えていることはありますか。

山田先生:現場が価値を感じてやっていることと、保護者や受験生からの見え方というのにギャップが少しあるんじゃないかと思うことがあります。

小林先生:パンフレットや説明会で謳っているように、当校のグローバルもいいコンテンツだし、補習ももちろんしっかりやっています。でも、うちの最大の良さはそこではないんですよ。どこに魅力を感じてくるかは人それぞれだとは思いますが、「グローバルな取り組み」「充実した補習」などの一つひとつを取り上げた時、それが湘南学園の強みとは思っていません。

──成果の見せ方があまり上手じゃないんじゃないかと思うんですが。

山田先生:実際に湘南学園のプログラムや学校生活を経て、効果を感じたり成果を得たりしたはずの卒業生をもっと追いたいと思っています。もちろん在校生でもいいんですが、生の声で語ってもらうことが一番ではないかと。

小林先生:成果・効果もちゃんと追っているし、継続的に取り組んでいることもあります。でもそれが表にあまり出てきていないと感じていますね。そのプログラムを担当している教員、経験した生徒の声としてもっと出したい。パンフレットに載らないことにこそ、価値があるんですよね。

──パンフレットもまとまっていて良いとは思うんですけど、例えばこのパンフレットの校名を他校に変えても「へぇ」で終わってしまいそうです。気づかない人もいるかも。

小林先生:他の中高一貫校が取り組んでいるメニューはそれなりに揃っていますよ、ご安心ください、って内容に留まってしまっているような気がするんですよね。受け身というか。その先をどう見せるか、というのが課題です。

山田先生:今までは説明会もそういう部分がどうしても多くなってしまっていました。できるだけ多くの人に引っかかってもらいたいな……という思いが強かった気がします。でも、今年の説明会では「湘南学園」をワクワクしながら伝えられました。自分たちが魅力を感じている学校を興味がある人に伝えるなんて本当は楽しいはずの時間ですよね。一歩を踏み出せた気はしています。

──湘南学園ってこれだ! というのがあまりないように思っています。

山田先生:実際は「湘南学園ESD」なんですが、分かりづらくてキャッチーさがない。前面に出して外に伝えていくのは結構つらいですよね。ESDつまり持続可能な未来は人が創ると思うので、やっぱり湘南学園は「人」なのかもしれませんね。

小林先生:ネットにしても紙媒体にしても滞在時間が短いので、説明会なり学校なりにどれだけ来てもらうかが大事。我々の言葉を直接届けたいですね。場所も知ってほしいし、リアルを感じてほしい。そのための誘導としてweb、SNS、販促物を使っていきたいですね。

──通っている生徒や保護者は湘南学園をどう捉えているんでしょうか。

山田先生:在校生・保護者の満足度をもっとあげなくてはいけません。とにかく100%の満足度を目指したい。保護者との距離感がちょっと遠いのかな、と最近は思っています。学校が取り組んでいること、先生たちが日頃感じていること、生徒の学校内での日常の様子・表情などを徐々に今通っている生徒の保護者に知ってもらうのも大事ですね。今、作っているのはそれです。

小林先生:生徒たちは生き生きしていますよ。特に新しいことをやっている時の顔は本当に楽しそう。Facebookページも遅ればせながら今年作ったのですが、在校生の保護者に向けて発信している意味合いが強いものです。

進学実績も大切にしたい。でも湘南学園ESDへの共感も欲しい

──進学実績を期待している保護者・受験生に対して湘南学園は何をしてくれる学校なのでしょうか。

山田先生:保護者の期待として「補習・講習」「偏差値的成果」があることはよく分かっています。大学入試の実績を向上するための努力、取り組みは今後も強化していくつもりです。出口(卒業後の進路)の捉え方は徐々に変えていきたいですね。

小林先生:進学実績に対して高い満足度を得ているとは思っていません。僕らはもっとやらなければいけないし、生徒や保護者のニーズに可能な限り応えていくようにします。でも、ESDをはじめとした総合学習や教科横断型の学習はすごくいい取り組みが出来ているので、進学実績だけでなく、その取り組みや学園生活の中で得たこと身についたことも含めて、総合的に当校を評価して欲しいなというのが現場の願いです。

──でも、チャンスですよね。2020年以降の大学入試改革での総合型選抜や学校推薦型選抜には湘南学園、絶対強いと思います。高校で何をやって来たか、自分自身の強みは何か、これからやって行きたいことは何か、それを見つけられる6年間があると思うんですよ。ポートフォリオであったり、教科横断であったり、プレゼンテーション能力であったりといったところには強みを発揮できるのではないでしょうか。

山田先生:教科の学習で大学入試を考える人がいまはほとんどなので、割合を少し変えられればという思いもあります。強みをより発揮できるのは総合型選抜や推薦型選抜となるのかもしれないので、保護者・生徒の意識も選択の幅を広げて欲しいなと思います。一人ひとりの6年間のストーリーを蓄積して、その素晴らしさや濃さを生かして入試に臨んでいけるような体制を作りたいです。

──「一人ひとり」とよくおっしゃっていますが、説明会やパンフレットを見ていても一人ひとり感があまりなくて、華々しいエースや一部の成功事例ばかり出てくる気がするんですが。

山田先生:学園の中で充実した学びを体得した生徒、未来に向けての確かな道筋を見つけた生徒はたくさんいるので、それを見てもらいたいです。エピソード、ストーリーをもっとたくさん出していきたい。私たちは中1からのストーリーを全部知ってるし、見ている。苦しい時も、ターニングポイントを迎えた時も、もちろん受験勉強を頑張っている時も。だから、それを自分の言葉で6年間を振り返って語ってもらって、動画にするなりパンフレットに載せるなりして、色んな人に知ってもらいたい。これからはそういう方向性でいきたいですね。

小林先生:成功事例だけでなく、苦労したこと、失敗したこと、まさに今進行中の大学受験の努力や学校生活の中での表情・輝きなど、見て欲しいもの、見て欲しい生徒はたくさんいます。そういうリアルを見てもらえるように変えていきます。

未来の入試──湘南学園ESD入試の全貌

湘南学園ESD入試について

──さて、やっと本題です。まさかとは思うんですが湘南学園ESD入試に関して、出している情報はこれですべてですか。新しい入試なのに情報少なすぎるという……

山田先生:すべてです(笑)。おっしゃるとおりです。

小林先生:以上です!

──わざとですか。

小林先生:わざとと言えばわざとです(笑)。

──問題の具体例とか、動画の例とかは……

山田先生:ありません。大人が具体的に示してしまうことで小学生が語る可能性を狭めてしまうのではないかと思っています。受験生が「正解」に寄せてきてしまう。その子なりの「今まで」と「これから」のストーリーを語ってもらって、その内容が湘南学園が目指している方向性にマッチすればいいなと思っています。だから、極力何も示さないようにしています。

──塾や親が作り込んでしまうことへのおそれはないんでしょうか。

小林先生:もちろん、本人が精一杯やってくれるのが前提ですが、周りの大人を巻き込んで一生懸命に本校の入試に向き合ってくれるのは嬉しいことです。そこまで本気で湘南学園に入りたいと思ってくれているなんて本望ですよ。

──2月1日午前の湘南学園ESD入試を出願してくるのはどういう受験生を想定していますか。

山田先生:2019年入試に関しては二科目・四科目受験に少々不安があって、合格の可能性を少しでも広げたいと思っている受験生が多いかもしれません。

小林先生:うちに入りたい、うちで何かやりたい、という受験生が来てくれるんじゃないかと思っています。2月1日午前をうちに賭けてくれているわけですから、とてもありがたい受験生ということですね。

山田先生:湘南学園のファンに出会いたいですね。

──入りたい、という本気度が測れますね。それにしてもこの論述の試験例、ちょっとショボすぎると思うんですが。

山田先生:バレましたか(笑)。手作り感溢れちゃってますよね。でも、これ以上出せないんです。問題バレしてしまうのでこれ以上は書けないというのが実情です。対策を求めたい入試ではないので、あまりイメージを縛りたくないという思いです。実際の問題はもちろんもう少し具体的ですよ(笑)

小林先生:動画から見えるその子の個性と、論述から見えてくる考え方で総合的に判断します。いずれにしても一番大切にしたいのは「人」ですかね。

──この湘南学園ESD入試の論述に向けて受験生が何か準備しておくべきことはありますか。

山田先生:自分が考えていることを他者に言葉で伝えることの面白さを知ってほしいし、伝わる言葉をトレーニングしてほしいです。あとはSDGsの17のゴールをちょっとだけでも見ておいてほしいですね。見なくてもいいくらいですが、こういうものがあるのか、ということぐらいは知っておいてもらうと良いと思います。

小林先生:17のゴールを覚えようとする受験生とか出てきそうですが、全く覚えなくていいです。「5番のゴールを書きなさい」とかの問題は出ませんからご安心ください(笑)。あとESD入試を受験する人は「湘南学園ESDだより」をよく読んでおいてほしいと思います。あの冊子に湘南学園ESDでやりたいこと、やれることがコンパクトに凝縮されています。

おわりに

未来の教室(経産省の事業)への採択、湘南学園ESD入試という未来の入試(私が呼んでるだけ)、さらにパンフレットの表紙はドドンと”未来をカタチに”。そこかしこに学校の「未来推し」を感じざるを得ませんが、webも学校も人も取り組みも湘南学園のどこを切り取っても今ひとつ未来感は出てきません。

学校の広報にケチをつけるわけではありませんが、私個人の考えとしては湘南学園は「『人』を真ん中に置く学校」です。ここで言う「人を真ん中に」というのは面倒見がいいだとか、補習体制がしっかりしているとかそういうことではありません。唯一のかけがえのない「個」として生徒を見ているということです。その子が得意なこと、その子が実現したいこと、その子が大切にしていることと、向き合える学校です。そしてその出会いの場の一つとして湘南学園ESD入試があります。

偏差値や学校名、模擬試験の成績など他者と比較して自分の位置を確かめるのではなく、自分自身を見つめアイデンティティを育む場として多感な6年間は存在するはずです。保護者・受験生の皆さん、そろそろ進学実績の大学名や数値以外の学校の価値を探しに行ってみませんか?

受験者大幅減、大震災など幾多の困難を乗り越えながら長い時間をかけて土を耕し、山田学園長が種を蒔き、今やっと湘南学園ESDという形でそのスタイルが芽吹いてきました。まだまだ改革途上の学校です。でも、この学校には生徒たちをこの上なく暖かく照らす、素敵な先生方という太陽があります。そして、先生方自身も授業や教育活動に伸び伸びとそして全力で取り組める環境を楽しんでいます。

グローバル、ICT、進学実績。どこの学校も打ち出していることを湘南学園が殊更に叫ぶ必要はありません。仕組みは簡単に変えられますが、人を簡単に変えることはできません。だから、外から見ても中から見ても「いい人」な先生方がいて、そして生徒を、「人」を大事に出来る湘南学園はすでに抜きん出た特徴を持っています。「人」を真ん中に──きっとそれが湘南学園2020のスタイルではないでしょうか。