鎌倉の進学塾 塾長が考える、受験と国語とその先のこと- Junya Nakamoto -
2019.12.02
“最も困難な道に挑戦せよ”。2021年に創立100周年を迎える湘南高校はこの校訓を軸に、今も文武両道を高レベルで実現する。しかしながら、「四年制高校(浪人率が高い)」「翠嵐に抜かれた」など湘南を取り巻く巷の評判は良いものばかりではない。それでもなお、神奈川県の中学生たちは湘南を包む空気感に取り憑かれたかのように湘南高校を目指す。その魅力は一体どこにあるのだろうか。
今回は神奈川県私塾協同組合の高校訪問で湘南高校稲垣校長・岩崎副校長へのインタビューが実現しました。すばる進学セミナーは組合には加入していないのですが、先日セミナー講師として登壇したよしみでお誘いいただきました。ありがとうございます。卒塾生から折に触れて聞いている湘南高校の現実について、実際に校長先生・副校長先生の話を聞ける大変貴重な機会となりました。湘南高校の伝統と今の姿を湘南の空気感と共にお伝えできればと思います。
間もなく100周年を迎える湘南高校の根幹は、初代赤木校長が掲げた「文武両道で日本一を目指す」という理念にある。勉強・部活動・行事の三兎を追いにいくという姿勢だ。
生徒たちはとにかく忙しい。大学進学に向けての熱もかなり高く、ハイレベルな70分授業が続く毎日は油断するとすぐに追いていかれてしまう。兼部をする人も少なくない部活動は、運動部・文化部ともに盛んだ。体育祭をはじめとした行事は探究活動の集大成として位置付けられ、一年間かけて準備を重ねていく。
時代が変わり人が変わっても、「湘南高校」が大事にしているものは変わらない。だからこそOB会活動も非常に精力的で、OB・OGはかつての学び舎を懐かしみながらも、今の湘南生を強力にバックアップしてくれる。
浮き沈みはあるものの、湘南がいつの時代も魅力を失わないのはなぜだろう。もちろん校訓や理念が根付いていることも大きいが、校長先生は在校生たちの「先輩たちを超えたい」という思いが湘南の生徒たちを高みに連れていく、と誇らしげに話されていた。
「自分たちの部活で一生懸命やって結果を残していた憧れの先輩が引退し、さらに体育祭を終えてからギアチェンジをして東大・京大・東工大・一橋を当たり前のように目指していきます。その姿を見て自分たちもそこに届くんだ、そして超えていきたい、という想いの毎年毎年の繰り返しがここのところの湘南を生んでいると思います。」
さらに特筆すべきは湘南生同士の人間関係の良さだ。イジメは湘南ではほとんど起きない。
「湘南生は生徒同士がお互いを客観的に見て良いところをリスペクトし合っているように見えます。彼ら自身が毎日を楽しげに過ごせる理由はそこにもあると思います。これは学校として教員が植え付けているものではありません。集まった生徒たちによって自然と形作られるものなのでしょうね。近年、ますますその傾向は強まっていると感じています。生徒たちは本当に学校の宝です。」
湘南を目指す人たちが湘南を知り、入学後にそのエッセンスを今度は自分が体現していく。そうすることで湘南の伝統は受け継がれ守られていくに違いない。
「日本一の体育祭」。OB・OGや在校生からもそう評され、スケールやド派手な演出などは確かに目を引く。毎年3,000人が訪れるこの体育祭は紛れもなく湘南高校最大の名物だ。
湘南は1クラス40人で現在9クラス。9月に実施される体育祭では高1~3年までを縦割りで9色のチームに分けることになる。総務長と呼ばれるリーダーを各チームごとに選出し、企画を練りながらパートを定めていく。一般的な体育競技もあるが、趣向を凝らした仮装や、大道具・小道具、5×6メートルの巨大看板など、当日まで相当な時間をかけて準備をしていき、その出来も合わせて総合的に勝敗を競っていく。
運動のみならず美術や設計など各生徒が自分の得意分野で活躍する場がある、湘南生のほとんどが主体的に関われる「全員参加型行事」が体育祭である。完全なる生徒主導の行事である体育祭のクオリティについては、校長先生も手放しで賞賛している。
「学校の教員は行事については全く口出しをしません。体育祭は、私たちにも見せてくれない分厚いマニュアルが存在していて、二年の体育祭が終わった直後に引き継ぎがなされて、一年間ずーっと翌年の当日まで準備をしています。小道具や大道具の仕掛けなどはPCを使った設計図なども利用しながら本当に緻密・綿密で、よくここまでのものを作るな、と感心しています。
彼らがやっているのはスタンフォードのデザインセンターのプロトタイプと変わらないなと思っていて、本当に失敗を重ねて重ねて、最高のものが出来るまでみんなで前日まで取り組んでいます。」
一方でこの忙しさに音を上げる生徒もいる。また、進学校としても県トップレベルの湘南高校においては、行事よりも勉強を重視したい生徒もいることだろう。しかしながら、最近はその忙しさを全部知った上で湘南高校を選ぶ生徒が増えたと校長先生はおっしゃっていた。
「最近はミスマッチがあまり起きていません。楽しく学校生活を過ごしながら隙間時間を使いながら勉強をしっかりしていく、ということを理解しながら入学してくれる生徒が増えています。これは本当にありがたいことです。」
湘南を選択する際は、この忙しさを十分に理解した上で志願するべきである。
卒業生・在校生の情報から作成
湘南は3分の1が浪人すると言われて久しい。年によってはもっとかもしれない。神奈川県でもっとも浪人率が高い高校であり、“四年制高校”と呼ばれる所以である。進学重点校として、神奈川県のトップ校として、この数値を受け入れられない保護者も数多くいることだろう。湘南高校がこの浪人率の高さをどう考えているかについては、後述する。
かつては全国トップ10の常連で当たり前のように70名以上の合格者を出していた東大合格実績も、1980年代半ばから下降の一途を辿り、2000年代初頭は合格者がついに一桁まで陥落する。
湘南高校の東大合格者数推移2000-2019
しかしながら2010年以降急速に合格者数は回復。2012年には久しぶりの20名台に乗り2018年は25名まで戻してきた。要因はどこにあったのだろうか。
稲垣校長はこう語る。
「学区制が変わったり、私学の努力があったりで、湘南高校が『普通の高校』になってしまった時期がしばらく続きました。進学実績が上がらなくなっていくと、教員の考え方やモチベーションもだんだんと下がっていきます。『早慶でいいじゃないか』という考え方が蔓延した時期がありました。
ですが、15年ほど前に神奈川県の中での県立高校の位置付けを変えていくことになりました。もう一度湘南高校を復興させよう、という考え方が教育委員会の方でも学校の方でも高まってきます。そこで、内部を変えたり、ものの考え方を整理したりする中で、少しずつ少しずつ雰囲気が変わってきて、それが現在の湘南高校に繋がっています。」
要因はいくつかありそうだ。稲垣校長のご発言から湘南復活の理由を検証してみたい。
具体的な施策としては、神奈川県教育委員会主導で始まった独自入試の実施が挙げられるだろう。湘南高校が独自入試をスタートしたのが2007年から。独自入試を経て入学したメンバーが卒業していくタイミングと湘南高校の実績が回復してきたタイミングはピタリと重なる。
2000年代前半は絶対評価の導入も追い風となり、オール5やそれに準ずる内申点を持つ受験生が神奈川中に雨後の筍のごとく誕生する。入試問題も平易なものが多く、湘南を含むトップ校では高い内申点を持つ生徒が有利な状況が続いていた。厳しい受験勉強を経ずに入学する生徒が増え、入学時の生徒たちの学力低下が叫ばれるようになる。
危機感を持った神奈川県教育委員会は入試制度改革を断行。内申だけでなく、より深い思考力・判断力を求める独自入試(国語は海外文学の出題が出色の出来)が実施された結果、入学者の学力が飛躍的に上昇した。それまでよりも質・量ともにかなり鍛えられた状態で入学してきた生徒たちが、湘南高校でさらに花開き、目に見える形で成果を残し始めたのである。
そして独自入試が終わり、共通選抜が難化して、特色検査の実施へと変遷しても、その勢いは衰えることはない。神奈川県教育委員会の施策はこと湘南高校に限って見ると、見事に成功している。
湘南高校内部での変化も起きている。湘南高校を再び文武両道を高レベルで実現できるように教員たちが自主的に学習プログラムを組んだり、70分授業の活用方法を考え直したりしているようだ。学年団として生徒を見る体制から、進路指導を柱にして生徒を見る、というように組織も見直された。
これにより、学年ごとの浮き沈み、担当の先生ごとの差を極力少なくすることに成功する。湘南高校として生徒の進学と向き合う姿勢が確立されてきたことも、現在の躍進を支えているはずだ。
また、高校3年生に限り図書館を21:30まで自習室として利用できるようになった変化も見逃せない。学校として生徒たちの学力を上げるために出来ることをサポートする体制が整ってきていると言えるだろう。
さらに、注目はここ数年京大への進学者が増えていることだ。2019年の合格実績11名は首都圏では目立った数字である。これは、京大に行っている卒業生たちが戻ってきて在校生たちに良さを話してくれることが一つの要因だとお話されていた。また、稲垣校長と繋がりのある京大・山際総長の話を生徒によくお伝えされるとのことで、その影響もあるのかもしれない。
「東大だけではなく、そこに何があるから行きたいのか、というところで進路指導をすべきだと思っています。そういう話を生徒に事あるごとに話していますし、先輩たちの影響は大きいですね。京大には“研究”を求めて行く子が多いと思います。」
今後もキャリア教育や進路指導を通して、生徒たちが一番行きたい大学はどこなのか、湘南高校での日々を通して培った自分というものを発揮できる大学進学を、大事に選んでもらいたいという“生徒ファースト”が基本だ。
「この学校での三年間の学びを経験した生徒たちにとってみると、本人たちは行きたいところに行く、という考え方を捨てません。『早稲田・慶應受かっても行かない』という生徒が相当数います。彼らが本当に行きたいところがあるとすれば、それはそれで構わない。その結果として『浪人やむなし』、と思っています。」
“四年制高校”との訣別は今後も(しばらくは)おそらく、ない。もちろん、学校も教員も生徒たちも現役合格のために全力を尽くす。でも、湘南高校が湘南高校として存在する以上、生徒たちに根付いていくスピリットは、安易な現役志向とは相反するものであるのだろう。現在の大学入試制度が続く以上は、湘南高校の高い浪人率は致し方ない部分なのかもしれない。
一時期落ち込んだ湘南高校の部活動の実績だが、復活した理由として校長先生はまず学校を取り巻く空気感の変化を挙げられた。他には教員人事に加え、外部の人が参画してくれているというのも大きい。今、湘南の部活動は本当に充実している。
「進学実績が落ち込んだ時にやっぱり部活もほどほどでいいんじゃないの? という空気が蔓延し、文武両道がお題目としてだけ存在していた時期があったわけです。でも、今は文武両道をしっかりやらないと進学結果も出ない、ということを教員全体が理解しています。
先生たちの働き方も変わってきています。二年ほど前から顧問とメインで指導する人、外部のインストラクターやコーチを招聘してやっている。教員たちも分担制を取っていて、みんなで部活動も盛り上げていこうという動きが出てきています。先生たちの間での偏りも減ってきました。全て教員側から出てきた案でそれが部活動の強化、雰囲気の向上に繋がっています。
合唱部は全国で有名な先生が7年前に来て、毎年全国大会に行くのが当たり前のようになっています。サッカー部の顧問は元Jリーガーの教員ですので、見方やものの考え方も一段上ですね。」
個人的に「県立高校のグローバルは私立のそれと比べて10年近く遅れている。対抗できるのは県内では横浜国際と神奈川総合だけだ」と思っていたのだが、湘南のグローバルは存外に進んでいた。湘南は外部の力を借りながら県立高校の限界を打ち破るプログラムを作り始めている。ここでもOBの存在が湘南グローバルの価値をさらに高めていた。
OBであるノーベル化学賞の根岸英一氏のパデュー大学への海外研修は、44名参加で数年前から毎年春に行われている。また、スタンフォード大学へ日比谷や都立西、浦和、県立千葉などの生徒たちと一緒に1週間ほどの短期留学も経験できる。サッカー部は二年に一度スペイン遠征も実施しているし、海外大学への進学熱も徐々に高まってきた。学校全体として確実に海外への視野は広がっていると言えるだろう。
さらに海外への意欲を強力に後押しするのが、公益社団法人湘友会奨学財団の設立だ。卒業生たちの寄付を中心として、湘南生に対して海外研修を主とする資金面での支援活動をしてくれる。しかも、対象が「在学生と卒業後2年までの生徒」というのも新しい。卒業後も支援を受けることが可能だ。
神奈川県の高校教育改革として、翠嵐と湘南を学力向上進学重点校として指定し、県の学力を牽引していこうという動きが10年前から盛んになっている。他の学校は国の事業であるSGHやSSHに手を挙げて、色をつけようとしているが翠嵐と湘南はそれをしない。
既に翠嵐と湘南は理系に特化・英語に特化した形を取らずに、リベラルアーツ(教養)とバランスを大切にしたいという思いがあるからだ。そして、それは現状の入試制度では国公立大学に進学するための近道であるようにも感じる。
また、進学重点校として神奈川全体を盛り上げていこうという機運も高まっている。エントリー校を含めた17校で英語のディベート大会が行われたり、17校を集めての会議も頻繁に行なっているとのこと。切磋琢磨しながらお互いの色を磨いていくことになる。
難関大学・国公立大学への進学を目指す進学重点校だが、校長先生としてはあくまで「本人が行きたいと思う大学への進路実現を応援したい」とのスタンスを変えることはないようだ。「進路指導はデータやエビデンスを元に精度を高めていく」という話もあり、今後も生徒のやりたいことを実現できる進学指導を追求していく構えだ。
2年目となる共通特色検査の難易度や方向性についてもヒントをいただいた。
湘南・翠嵐・柏陽・厚木的に言うと、去年とあまり変わらないかな、と。ただ、今年はエントリー校含めて増えていますので、17校の求めているものそれぞれにマッチングするように作問をしてくれているはずです。
翠嵐や柏陽は特色検査の選考比率を2割に設定しているが、湘南はずっと1割である。その意図・理由については次のようにお話されていた。
「湘南が求めている生徒像に合った生徒を選抜するためには1割でなくてはいけません。中学校の時から様々なものにたくさん興味を持って一生懸命いろんなところに取り組んでいる子が欲しい、と言うのが学校のオーダーです。そういった子が合格した時に、学校の教育の方向性とマッチングしてきます。割合を2にした時は合格者層が変わってしまいます。
現状では5教科のうち、1教科がすこぶる低い生徒は湘南には受かりません。特色検査の比率を2割にすると、そういう生徒も受かることになります。とんがった生徒よりも幅広く興味を持ってしっかりと取り組んでいる生徒に来ていただきたいと思っています。」
「元々全員を100点にしようという意図はありません。これまで見ている中ではレベル差が存在していないため、点差をつける必要がないと思っています。面接で一番聞きたいのは、湘南高校に本当に入りたいのはなぜなのか、ということです。」
湘南の面接といえば全員100点。そして、それはおそらく今後も変わらない。ただ、面接はどうせ100点だから練習しなくて良い、というのは違う。
「そこに差が生じればもちろん差をつけざるを得ません。今はその差がないだけです」とも校長先生は話されていた。油断は禁物である。湘南高校受験者は面接の練習も欠かさず行おう。
「ミスマッチを防ぎたい」校長先生が繰り返しおっしゃっていたのが印象的だった。湘南が湘南らしさを失わないために、入学時のマッチングを重視する(だからこういったブログの発信も歓迎されているはず)。
それは、入学者選抜の選考比率に始まり、特色検査の問題の選び方、そして学校説明会でも学校側として強く求めていくことになるのだろう。
近年の高倍率を見るにつけそれはたくさんの中学生に受け入れられている。また、二度とない高校生活を青く輝かせてほしいという願いを持つ保護者も多いことだろう。その結果、湘南高校のことをよく知る、多様性を是とするメンバーが集まる。
今の入学者選抜が変わらない限り“湘南の血”は濃くなり続ける。変えずに進化を続ける湘南高校は当分その異色とも言える輝きを失うことはない。むしろ、ここからさらに光彩を放つのではないか、そんなことを感じさせる学校訪問となった。
訪問のお礼のメールに対する副校長先生の返信にはこのような文言があった。
「神奈川の宝、日本の宝、未来世代の宝の生徒たちだと考えて、教職員一丸となって、教育活動を日々展開しています。」
校長先生の発言の中にも、副校長先生のメールの中にも「生徒は宝」という言葉があった。日本の宝として大切にされながら、忙しくも充実した毎日を過ごせる場所が湘南高校だ。
想いや理念に共感した方は、是非湘南高校の門を叩いてほしい。そして、合格できるだけの学力を高める最大限の努力をしてほしい。どんなに望んでもそう簡単には入学できない。そのことも湘南高校の魅力を裏付けている。湘南に惚れ込んで勝ち取った合格切符は、きっと唯一無二の三年間へといざなうものとなるはずだ。
湘南高校と学芸大附属を比較した記事をnoteに上げています。有料となりますが、よろしければこちらもご覧ください。
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