鎌倉の進学塾 塾長が考える、受験と国語とその先のこと- Junya Nakamoto -
2019.02.23
中学受験をするか、しないか。小学生を持つ保護者にとって悩ましい選択です。中学受験は生半可な気持ちで臨むと親子ともに苦しい思いをすることになります。”ノリ”で始めた中学受験親子を待っているものとは──。
目次
「周りがみんな受験する」「公立中学が不安」「内申点を取れる気がしない」などの理由から中学受験をおぼろげながら考え始めたご家庭。そのご家庭の迷いを後押しするかのような「私、中学受験してみたい」という我が子の一言。子どもがそう言うなら…ということで親子の総意があやふやなまま中学受験をスタートする方、結構います。
これが危ない。
今回は中学受験をよく知らないまま“ノリで”始めてしまうことの怖さをお伝えしたいと思います。私は中学受験指導も高校受験指導もしている立場です。中学受験を批判しているわけではないですし、よく考え、よく選んで臨む中学受験の経験が素晴らしいものとなることを知っています。だからこそ「中学受験」をちゃんと知ってほしい。その想いで綴ってまいります。
子どもの「中学受験やりたい宣言」は得てして覚悟を持ったものではありません。にもかかわらず、我が子の宣言は「どうしようかしら」と迷っている親には、まさにおあつらえ向きで渡りに船です。
「そうかしら、あなたがそこまで言うのならやってみる?」と続きます。全然「そこまで」言ってないんですけどね。
子どもがこの一言を放った時、機は熟したと捉えてしっかりと家族会議を開くことが重要です。
などを話し合って家庭内で覚悟の共有が必要です。子どもの「やってみたい宣言」は多くの場合残念ながら”ノリ”です。「周りがやるから」「なんかカッコいいから」「私立はきれいだから」「公立は負け組っぽいから」などの理由が関の山です。
中学受験にかかる費用、これから自分が背負うもの、突きつけられる競争、費やされる時間への覚悟を知らないままの放言とも言い換えられるでしょう。
安易にそれを受け止めてせっせと塾探しを始めるのではなく、まずは中学受験というものを知っていただくことが肝要です。
中学受験を始める前に読むべき本としてはこちらの記事(知らなきゃ損。中学受験を考えた親にまず読んでほしいおすすめ3冊)もご参照ください。
それでは“覚悟なき中学受験の弊害”について以下に記します。
「今日遊べる?」「ごめん、塾だから」
幾度となく繰り返されるこのやり取り。次第に声を掛けてもらえることも減っていきます。さらに、断り続けることは本人にとって大きなストレスです。仲良しだった5人グループで自分一人蚊帳の外、というシーンもあるでしょう。「今まで当たり前だったこと」が当たり前でなくなる瞬間を一番痛切に感じるのが、友達関係なのではないでしょうか。
もちろん、塾に行けば塾友がいて楽しい会話ができることもありますが、小学校の友だちと過ごす時間は確実に減っていくことになります。
頭の中が塾での学び中心になってきて、小学校生活は「二の次」になります。楽しい行事の前に塾のクラス分けテストや大きな模擬試験があった場合、行事の練習や体調管理よりも塾のテストに必勝を期すことになります。結果、運動会を欠席したり、修学旅行をキャンセルしたり途中で帰路につくことがあったりするようです。
「小学生の本分は小学校にある」とまでは言いませんが、大半を過ごす小学校での生活が充実させられないことは残念至極です。
「それ、塾でやりましたー」「知ってるー」「先生、もっと簡単なやり方あるよ」
小学校の先生が癇に障ること間違いなしの発言です。確かに塾で学んでいることは学校の遥か先の内容であり、ゆっくり丁寧に学習をしていく小学校の授業は退屈かもしれません。そのため、授業を聞かない、悪ふざけをする、遠慮ない私語、授業中に立ち歩く、などの授業妨害が頻発します。
普通に授業を進行したい先生にとって邪魔者以外の何者でもなく、先生のイライラも頂点に達し、事あるごとに叱られてクラスでの居心地が悪くなっていきます。
塾での勉強が上手くいかないストレスや、家庭でのプレッシャーの捌け口として、先生を困らせようとする行動に出ます。
「授業つまんねー」と大声で言ったり、贔屓コールを巻き起こしたり、先生の揚げ足取りを全力でやったりと周りを引き入れながら学級崩壊を扇動します。
周囲にとって迷惑なだけでなく、本人も一度やってしまうと収まりがつかず、エスカレートしていくことさえあるようです。
「俺ってもしかして頭悪い?」
小3までの学校のテストでは90点以下を取ることが稀だった子でも、塾のテストでは50点以下を取ることもよくあります。成績順にクラスが決まったり、座席が決まったりする塾では目に見えて自分の位置が低いことが分かります。自分が「出来る」と思い込んでいた子のプライドは音を立てて崩れていきます。上には上がいる、これを実感するのも受験勉強です。
塾の先生から「そんなんじゃ受からないぞ!」と脅され、家では「どうしてこんなこと出来ないの!」と言われます。自信を失い、劣等感を抱え続けながらの数年間。いつしか明るかった笑顔が失われ、目の色は濁り、下を向いて過ごす姿が増えることでしょう。
「今年は旅行もなしね」「お姉ちゃんが勉強できるように静かにしなさい!」
すべては受験生のために。すべては勉強のために。
それまでの家族の歴史で大切にしてきたこと、あるはずです。でも、それは中学受験を最優先した時、犠牲になってしまうかもしれません。受験生のスケジュールを軸に予定を決めるようになり、兄弟も家では伸び伸びと振る舞えなくなります。テレビを見ながら爆笑することなどもってのほか、集中を妨げないように抜き足差し足で家の中を移動することになります。
そして、一番影響を受けるのは親です。ちょっとしたことで不機嫌になり、いつも余裕がなく、笑いが激減。「宿題は?」「小テストの勉強したの?」「早くしなさい!」の無限ループに入ります。家族の誰もがビクビクおどおどしながら過ごす数年間。こんなことを誰が予想しましたか?
中学受験が「笑顔あふれる楽しい家庭」を破壊していく可能性があるのです。
300万円。
小4から3年間サピックスに通った場合にかかる金額です。その他の塾でも200万円から250万円が相場です。
月謝に加えて季節講習料、学校別対策講座費用、模擬試験代、テキスト代、冷暖房費などなど、随時発生する徴収がボディブローのように家計にダメージを与えます。第一志望合格のために家庭教師をつけるとさらに費用は跳ね上がります。
トータルの金額をあらかじめ知っておくことが重要です。
家計が逼迫してくると気持ちの余裕もなくなってきます。家計簿を前に深夜、電卓や画面とにらめっこしながらため息をつく日が続きます。塾通いを、中学受験を継続するために、それまでは専業主婦だった母親がパートに出るようになり、家事も食事もおろそかになっていくこともあるでしょう。
また、最終盤の二月、受験が始まってからもお金がかかります。受験料3万円、入学金20万円程度も短期間に飛んでいきます。入学金は学校によっては他校の結果を待ってくれますが、合格発表後二日以内が納入締め切りとなっている学校などもあり、結果的に進学しない学校にも入学金を納めなければいけない場合もあります。この時期になってくると「もうこれで終わりだから」と金銭感覚も麻痺してくるようです。
資金面は必ず計画した上で中学受験を始めてください。すべてに影響を及ぼします。
やっとのことで終わった受験勉強。でも、悲劇がまだ待っていることもあります。あまりにも第一志望を熱望していた場合、合格できなかった時の失望と虚脱感は相当なものです。ゆえにそれ以外の学校への進学を親子とも受け入れられないケースがあります。本人も進学に喜びを見出せず、親の激しい落胆を横目に期待に応えられなかった罪悪感も加わり、悲しい入学式を迎えます。
「あの学校だったらこんな勉強が出来たのに」「この学校にはやりたい部活がない」など不満ばかりが募ります。通学している学校での環境を受け入れられず、数ヶ月で不登校。しまいには転校してしまうケースもあります。
第一志望だけが受験ではありません。私立中高には本当に優れた取り組みをしている学校がたくさんあります。第一志望以外はすべて第二志望というくらいの位置付けで、受験する学校それぞれの良さを必ず熟知した上で受験に挑んでほしいものです。
かなり煽って書いてしまいましたが、繰り返し伝えたいことは中学受験を批判・否定しているわけではないということです。これらは極端な反面教師のごく一例であると考えてください。ただ、潜在的に秘めている可能性であることは間違いないと思います。
いま一度、中学受験を検討し始めた原点を思い出してください。
「子どもの幸せのため」。
これ以上の理由はないのではないでしょうか。あなたのご家庭で、中学受験への挑戦はお子さんに幸せを招きますか? 今回の記事で挙げたようなことは起こり得ませんか?
それをよく考えた上で、よく話し合った上で中学受験をスタートしてください。”ノリ”で始められるほど続けられるほど甘いものではありません。
また一方で、公立中学校に進学するメリットもたくさんありますし、お子さんによっては公立進学が向いている場合もあります。そちらも選択の俎上に載せてください。
以前の記事(中学受験か、高校受験か、それが問題だ)でも触れましたが、「中学受験で難関校に合格した兄」と「高校受験で残念ながら第一志望に合格しなかった弟」がいらしたお母様からの受験後の感想を転載しておきます。
次男のこの三年間は、学校の勉強、部活、塾、何一つおろそかにせず走り続けた三年間でした。今回の受験に関しては、彼が独自に志望校を決め、他校に変更する意思もなく、合格に向けて努力を積んできました。
5年前に中学受験もさせていただいた立場から思うのは、やっぱり高校受験はいいな、ということです。周りの子達を見ても、一人ひとりにドラマがあって、感動しました。
同時に中学受験は親掛かりの「お受験」だったのだと気付きました。我が家にはあとは犬しかいませんが、もしもう一人子供がいたら、迷わず高校受験を選びます。なんて言うと長男がかわいそうな気にもなりますが、彼は彼で私学でのんびりと楽しんでいますので、これはこれで、いいご縁をいただいたと思っています。
公立進学後の状況について日経DUALに取材を受けた記事が掲載されていますのでご覧いただけますと幸いです。(DUALさんの方針により後半有料です。すみません)
「私立か公立か」というテーマではいくつか記事を書いておりますのでよろしければご参照ください。
最後に中学受験を終えたばかりの保護者の方からの声を記しておきます。
「中学受験は冒険でした。でも、親子でたくさん話し合って上手くいくことも上手くいかないことも共有できました。だからこの道のり、三年間は親子にとって本当に幸せな時間でした。途中から全部不合格でもいいのかな、と思った時もありました。だってこの経験は間違いなく娘にとってプラスになったし、この先の人生を歩んでいく上での糧になると確信していたからです」
親子がお互いをもっと知り一緒に歩む冒険の機会、そして信頼の絆を深める機会として中学受験を考えられた時、それはまたとない素晴らしいものになるのでしょう。
新たな知識を学ぶ楽しさを、思考することの奥深さを、目標に向けて家族一丸となって挑む一体感を。
一度しかない、中学受験をどうか素敵な経験に。
よく考え、よく見て、よく話し合って、スタートしてください。
最後までお読みいただきありがとうございました。